早期毛沢東の教育思想と実践 ―その形成過程を中心に― 鄭 萍 著 2008年6月13日から発売 -------------------------------------------- 推 薦 の 辞 宮原 修(元お茶の水女子大学大学院教授) -------------------------------------------- 毛沢東は20世紀後半の世界の中心にいた人物といっても過言でないだろう。「毛沢東思想」といわれるものは世界各地の人々に影響を与えた。そしてそれが20世紀後半の歴史を動かした。言うまでもないが、毛沢東の「主戦場」だった中国はこの間大きく変わった。そして毛沢東が亡くなった後の中国は米国に並ぶ21世紀の超大国になりつつある。この「超大国」中国は毛沢東が目指した「共産中国」とは別物なのだろうか?毛沢東が現在の中国を見たら何と言うだろうか?結局のところ、毛沢東個人が求めていたものとは何だったのだろうか?毛沢東に直接聞いてみたいが彼はもういない。われわれは毛沢東についての研究をとおしてそれを聞くしかない。いささか個人的な問いを発してしまったかもしれないが、毛沢東及び「毛沢東思想」はいまだ世界的な賛否両論のなかにあり、その実像は必ずしも明確でなく、世界史、中国史の中での評価が定まるのもこれからの研究に依ることになるだろう。 -------------------------------------------- 鄭萍さんの本研究書は、そのような問いに対する一つのヒントを与えてくれる研究だと私はみている。本書は、毛沢東が1893年に生まれてから1921年の間(早期)に、どのような生い立ちと体験や経験をもったか、そしてそのなかからどのような考え方(思考・思想傾向)を形成したか、特に、若き毛沢東が教師としてまた学生として考え実践した「教育」とはどのようなものだったのか、そこで生み出された毛沢東の「教育思想」とはいかなるものであったのか、などを追求した研究書である。教育学的に言えば、人間は幼い時に体験したことを一生覚えているし、幼い時、若い時に考えたことを意識的か無意識的かは別にして一生ひきずって生きるものである。人間毛沢東もたぶん例外ではなかったろう。ということは、毛沢東の28才以後の実践や思想のなかに、本書で明らかにされた毛沢東の幼児期、少年期、青年期を通して形成された「教育思想」の「痕跡」が見出されるのではなかろうか。それを明らかにすることが、人間毛沢東や「毛沢東思想」の実像や歴史的意義を明確化することにつながるのではないだろうか。それは、毛沢東の「早期教育思想」と中期、後期の「毛沢東思想」とされるものとの連続と非連続を追求することでもある。本研究書によってそのための足場がしっかりと築かれたのである。鄭萍さんにもこれから是非そのような研究に取り組んで欲しいと私は期待している。 -------------------------------------------- 本書は、鄭さんが休学を含めて10年間ほど留学生生活を送ったお茶の水女子大学大学院に提出され合格とされた博士論文(教育学)をほぼ原形のまま出版したものである。論文審査においては次のような点が評価された。紹介させていただく。「本論文は、幼少期から1921年までの初期毛沢東の教育思想形成過程を、現在利用可能な資料に可能な限りあたって実証的に明らかにしようとしたもので、審査委員一同高く評価した。使用した資料には、著者が毛沢東の故郷や出身学校まで調査に赴いて収集したものも含まれ、その資料的価値は高い。また、1921年までに形成されたと著者が考える早期教育思想の特徴を1)「独立富強」2)「平民教育」3)「三育並重」4)「工学並行」の4つとしてまとめ、それぞれの形成過程を丹念に跡づけた点に本論文の独自性があり、これも高く評価した。とりわけ、幼少期の私塾での教育の実際については、これまで毛沢東研究の文脈ではほとんど詳細に検討されることがなく、当時の教育史資料や、同時代人の回想などを駆使して、毛沢東が幼少期に受けた教育の実態を明らかにした点は価値が高い。さらに、デユーイからの影響が、従来の毛沢東研究で思われてきた以上に大きく深いものであったことを、彼の教育者としての実践の検討を通じて示すことができた。そして、湖南自修大学の実践についても新たな見方を提示した。」 -------------------------------------------- 以上をもって本研究書に対する推薦の辞とさせていただきます。 -------------------------------------------- 目次 -------------------------------------------- 序 章 第一節 教育者毛沢東について 第二節 先行研究 第三節 本著の主題と研究方法 第四節 本著の構成と概要 -------------------------------------------- 第一章 人間形成の基底としての家庭 第一節 外祖母家の人々 第二節 仏教信仰の篤い母親 第三節 農・商を兼業する父親 -------------------------------------------- 第二章 幼少年期における学習・教授体験と教育思想の萌芽 第一節 日本の学校制度から「癸卯学制」まで 第二節 旧式の塾における学習・教授体験 第三節 新式の小中学堂における学習・教授体験 第四節 教育思想の萌芽 -------------------------------------------- 第三章 青年期における学習・教授体験と教育思想の形成 第一節 「壬子―癸丑学制」から「壬戌学制」まで 第二節 湖南省立第一師範学校における学習・教授体験 第三節 楊昌済による倫理・教育思想の影響 第四節 西洋の倫理学・教育学の受容 -------------------------------------------- 第四章 早期毛沢東の教育思想の実践 第一節 労働者夜学における実践 第二節 正規の教員活動における実践 第三節 湖南自修大学における実践 -------------------------------------------- 終章 あとがき 引用・参照文献 -------------------------------------------- 著者紹介 鄭 萍(てい ひょう) 1965年 中国四川省生まれ。 1987年 中国北京連合大学外国語師範学院(現、首都師範大学)卒業。 1993年 日本国立お茶の水女子大学人文科学研究科修士課程修了。 2005年 同大学博士号(学術博士)取得。日中学院、横浜国立大学などの非常勤講師をへて、 2006年 中国社会科学院マルクス主義研究院。 専攻――早期毛沢東の教育思想、戦前日本の修身教育。 -------------------------------------------- ★博士文庫一覧★ ―日中国交正常化以後を中心として ―中国語との対照比較を視野に入れて |