2019最優秀賞(日本大使賞)受賞作

東京五輪で誤訳をなくすため、私にできること

上海理工大学 潘 呈

 

 

【日本僑報社発】東京2020オリンピック開催を記念して、2019年第15回日本語作文コンクール 最優秀賞・日本大使賞受賞作、潘呈さんの作文「東京五輪で誤訳をなくすため、私にできること」を全文転載します。

 

15回「中国人の日本語作文コンクール」受賞作品集

東京2020大会に、かなえたい私の夢!

―日本人に伝えたい 中国の若者たちの生の声―

ISBN 978-4-86185-292-3 2000円+税

 

 

 

東京五輪で誤訳をなくすため、私にできること

上海理工大学 潘 呈

 

 

二〇二〇年オリンピックの開催地が決定された二〇一三年九月、私はその様子をニュースで見ながらこう思った。東京で五輪が開催される暁には、中国語と日本語の翻訳品質を向上させるボランティアの仕事をしたい。以来、私はこの夢を心の中に抱き続けてきた。

 

あの日からもう六年近く経つ。この間、人工知能がいよいよ発達し、自動翻訳ソフトの正確さも増してきた。日常生活でよく使われる挨拶くらいなら問題なく訳されるため、現在では多くの訪日外国人がスマホなどで使える自動翻訳ソフトを用いて、言語の壁をやすやすと乗り越えている。翻訳者の仕事は近い将来、コンピューターの機能に取って代わられるのだろうか?

 

今年四月、東京へ行った。私がスカイツリー付近でゴミ箱を探していると、面白いことを発見した。あるゴミ箱に「ぺットボトル」という表示があったが、その下の中国語訳が「寵物·瓶子」になっていた。文字通りならここに「ペット」を捨てていいことになる。日本の街角で見かけた誤訳はこれだけでなかった。その後大阪に行った時も、大阪メトロの駅名や路線名の誤訳を目にした。勿論、この種の誤訳は日本のみならず中国でもよく見られる。中国のある観光地では「安全出口」という表示が、「安全に輸出します」という日本語に訳されていた。中国語の「出口」の意味が日本語への直訳で「輸出」となり、両者が混同されていたのである。これらの誤訳はおそらく自動翻訳ソフトの使用によるものだ。確かにこういったソフトを使えば翻訳効率はアップするが、逆に混乱や誤解の原因にもなってしまう。現代の異文化コミュニケーションにはこうした意外なバリアが生み出されている。

 

例えば日本語の「いただきます」は、自動翻訳ソフトを使うと「我开了」(我開動了)となる。これは「これから食事を始めます」の意味だが、それだと単にご飯を食べ始める合図に過ぎない。そもそも日本語の「いただきます」には「命をいただいてありがとう」という感謝や、「命を奪って申しわけない」という謝罪の気持ちが含まれる。この一言に日本人の生命観や社会観が色濃く反映されているのである。翻訳とは言語Aを言語Bに変換するだけのものではない。文脈の適切な理解と、文化への深い造詣が必要だ。このことに気がついた私は、まだまだ人間の翻訳者の生存空間はある、と思い直すようになった。

 

二〇二〇年東京五輪では非常に多くの観戦客が東京に来る。彼らは五輪会場以外もあちこち見て回るだろう。彼らが翻訳に由来するトラブルに遭わないように、翻訳者の卵である私にも何かできるのでないか。具体的な提案として、オリンピックの公式サイトやSNSのアカウントを利用し、日本文化や東京五輪に関する用語の正確な翻訳を提供するサービスを実施してはどうだろう。

 

一例として、馬術競技に「ジャンプ」と呼ばれるハードルレースがある。これを「跳」と中国語に直訳したら、単に「跳ぶ」の意味となるし、下手をすると日本の有名漫画週刊誌を連想させてしまう。別な例として、日本に「ジェット桐生」というあだ名の陸上選手がいる。「桐生」と「気流」をかけた言葉遊びであるが、中国語には直訳できない。こうした翻訳上の問題点や課題をクリアするために、ネットを通した情報発信を活用できるはずだ。またネット技術を使い、広範な人々に協力してもらえば、誤訳が見つかるたびにそれを正しい訳文に直すサービスも可能だろう。

 

今年は令和元年である。「令和」という元号には人々が美しく心を寄せ合うという思いが込められている。この令和二年目に開催される東京オリンピックを成功させるためのボランティアとして、私は上記のようなサービスの中で中日翻訳の能力を生かし、お手伝いしたい。それに、五輪を機に訪日する人々に翻訳を通して正しい情報を提供することは、五輪精神にも適うし、中日関係をはじめとする国際交流にも貢献できる。今の私はこの夢が実現することを願っている。(指導教師 張文碧、福井祐介)

 

 

潘呈(はん・てい)

一九九三年、浙江省出身。浙江農林大学(日本語学科)卒業。その後、上海理工大学大学院に進学し、日本語翻訳を専攻している。

本コンクールへの参加は今回が四回目。これまでに三回の佳作賞受賞歴があり、今回ついに初の最優秀賞に輝いた。

作文は「東京五輪で誤訳をなくすため、私にできること」と題し、誤訳によるトラブルを防ぐためにSNSなどを通じて「正確な翻訳」を提供したいと意欲を示した。作文応募後、実際に誤訳修正の配信をスタートしたという。

趣味は、旅行、読書、映画。