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恩師の言葉――光に照らされて 大連外国語大学 小野寺潤 大学四年生の初夏、教育実習で母校の高校の教壇に立ったとき、そして、大学院生になって、中学校で非常勤講師をしたとき、「先生」と呼ばれることに、気恥ずかしさと少しのうれしさが入り混じった、合わない服を着たような複雑な感情を抱いたことを覚えています。 教育実習では、教室の後ろまで届く声すら出せず、生徒ともうまく関係を築けず、実習が終わるころには発熱して声も出なくなり、疲労困憊して自分はつくづく教師に向いていないと思い知らされました。中学校の非常勤講師も、朝家を出るときに緊張から気分が悪くなり、「行きたくない…」と玄関でしばらくうずくまってから学校に行くような有様でした。 そんな私が、どういうわけかまだ教師を続けています。それまで縁のなかった中国に渡り、大学で日本語教師をすることになり、作文コンクールに参加する学生の指導教師も務めてきました。「教師に向いていない」と落ち込んだ私は、今では授業をして楽しいと思うこともありますし、学生と心を通わせられたのではないかと感じる瞬間もときどきはあります。果たして教師に向いているかどうかはわからないのですが、時間を重ねて、「先生」と呼ばれることにも慣れてきました。 2025年の「第21回中国人の日本語作文コンクール」の表彰式の後の懇親会で、日頃の作文指導について短いスピーチをするように求められました。会には以前も参加したことがあったのに、このような発言の機会があることが頭になく、その場で慌てて何を話そうか考えました。 今私は作文コンクールの指導教師としてこの場に立たせていただいている。もともと全然向いていないと思っていた自分が、少しは楽しいと思えるようになった。学生が作文コンクールに参加する手助けもできた。それはもちろん多くの学生のおかげだし、そして、私を教えてくださった多くの先生方の存在やお言葉が、私を導いてくれたおかげだ。そう思って、恩師の言葉を思い出してお話しすることにしました。 中国で働き始めるときに、学部生から大学院生までずっと教えていただいた指導教授のH先生からメールでお言葉をいただきました。 「心はいつも真っ直ぐと、人とはいつも善意で接してください。」 「学生との良い関係を築くのは、教育技術や知識よりも、まずは人柄であろうと思います。学生のことを思い、学生に愛情を寄せて、教育に当たってください。」 私は中国で初めて日本語を教える仕事に就き、四苦八苦しながら毎日の授業をしていました。経験も技術もない、そんな私にとって、うまく教えることよりも、学生を思い、学生を大切にすることが重要なのだと教えてくださったこの言葉は、その後の私にとって航路を指し示す灯台の光となりました。授業がうまくいかず落ち込んだとき、先生のこの言葉を思い出して、愛をもって学生に接しようと思うと、不思議とその次の授業では何だか楽しく教えられたという経験が何度もあります。 S先生は国際的に著名な言語学の研究者ですが、私は学問以外の場でたまたまその先生と知り合い、ときどきお会いする機会がありました。中国で生活し始めて数ヶ月たったころ、勤務する大学で言語学の学会が開かれ、私も研究発表を聞きに行くことにしました。受付で名簿に名前を書いていると、上のほうにS先生のお名前を見つけたのです。驚いて係の方に頼んでS先生に連絡していただき、久しぶりにお目にかかることができました。ご講演やワークショップなどでお忙しい中で時間を割いてくださり、励ましの言葉をくださいました。先生が日本にお帰りになるとき、最後にかけてくださったのは「中国のみなさんに尽くしなさい」というお言葉でした。自分のやるべきことをして、中国の学生のために自分の持てる力を使うこと。まっすぐな道へと背中を押されたように思いました。 作文の指導をしているとき、学生の原稿にコメントを書きます。そのときに、私の心に浮かぶのは、K先生のことです。K先生は大学で多くの授業で教わった先生で、笑顔とやさしい関西弁の語り口が今でも目と耳に残っています。私が海外の大学院に留学するとき、研究計画書を英語で書かなければなりませんでした。辞書を何度も引きながらなんとか書き上げ、K先生にお願いして見ていただきました。すると、赤いボールペンの細い字で、私の英語の間違いを丁寧に直し、多くのアドバイスが書き込まれた研究計画書が返ってきました。数年前、ご病気でK先生はお亡くなりになりましたが、先生のあの細かい赤い字は、学生の作文を読む私の心にいつもあって、よく見てあげなさい、丁寧に書いてあげなさいと語りかけてくれています。 書くことといえば、ごくまれに日本に留学する学生から推薦状を依頼されることがあります。外籍教師の私より中国人の先生にお願いしたほうがいいのではないかとまずは伝えるのですが、その学生をよく知っていて、どうしてもと言われたときには引き受けることもあります。できるだけその学生のことがわかってもらえるように、過去の提出物や記録も引っ張り出しながら心を込めて書きます。こうした推薦状は、実は応募先ですべてがしっかりと読まれるわけではないと聞いたことがあります。しかし、それでも心を込めて書こうと思うのは、実はこの推薦状はその学生に宛てた私の「応援状」だからです。私も今まで様々な機会に多くの先生方に推薦状を書いていただきました。そして、封をした推薦状の他に、「これでいいかい?」とコピーをそっと見せてくださることもありました。そこに書かれた私への言葉に、うれしく励まされたことがあったからです。 大学に入って、中学・高校の教員免許取得のために教職課程を履修しました。「取れるなら取っておくか」くらいの軽い気持ちで始めて、それほど熱心に授業を受けていたわけではありませんでした。正直に言うと、教わった知識はほとんど何も覚えていません。一年生の最初の学期に、教育学の概論のような授業(正式な科目名すら覚えていません)があり、T先生という方に教わりました。その学期の最後の授業で、まさに授業が終わろうとするときに、大教室でぼんやりと授業を聞いていた私たちに先生がおっしゃった言葉を、今でも忘れることができません。 「みなさん、いい先生になってください。」 教育学の知識は忘れてしまっても、ぼーっと聞いていた私の心にふと灯された灯火は、小さくゆらゆらと、今も消えずに灯り続けています。 長期の休みに日本に一時帰国していたとき、部屋の掃除をしていると、私が教育実習をしたときに教えた高校生が書いた古いアンケート用紙が出てきました。「小野寺さんならいい先生になれるよ」と書いてありました。うまくいかずボロボロだったと思っていた教育実習の数週間の思い出が、少し明るいものに変わりました。 教師に向いていないと悩んでいた私は、これまで多くの恩師のお言葉に道を示され、励まされ、支えられながら歩んできたのだということに気づかされます。今度は、受けてきた光を、少しでも、何分の一かでも、学生に照らし返せればと思っています(実際には、光り輝く若い学生のみなさんがまぶしくてたまらないのですが)。恩師の言葉を胸に、学生のみなさんの顔を見て、声を聞いて、そして人生が幸せなものになるようにと祈りながら、毎日を過ごしたいと思っています。 略歴 小野寺潤(おのでら じゅん)大連外国語大学日本語学院外籍教師。学習院大学文学部史学科及び英米文学科卒。同大学院人文科学研究科博士前期課程修了、博士後期課程単位取得満期退学。マレーシア・マラヤ大学言語学部博士課程留学。「日語演講与弁論」「日語写作」などの日本語科目に加え、選択科目として「基礎アイヌ語」「アイヌ語視聴説」「アイヌ語会話」「アイヌ語閲読」などのアイヌ語の授業、および大学院の選択科目として「日本生態言語学」を担当。 |