「楽 し い 作 文」

 

東北育才外国語学校 森林恭子

 

 

 

日本語を教えるとき、私が一番大切にしていること。それは「楽しさ」だ。学習者に「あ、わかった!」「へぇ、なるほど!」という瞬間を、ひとつでも多く届けたい。そんな思いで日々教壇に立っている。学習者は、楽しいと感じているとき、背筋は自然に伸び、目は輝く。それは作文指導でも変わらない。目指すは「楽しい作文」だ。          

「先生、今日は何を勉強しますか」

「今日は、みなさんの大好きな、とっても楽しい……作文です」

悲鳴のような歓声が上がり、「えー、好きじゃない」「楽しくない」「書きたくない」と、一斉に不満が飛び交う。このやりとりを繰り返すたびに、私は思う。「反発は関心の裏返しだ。きっと学習者は、本当は作文を上手に書きたいと思っているのだ」と。     

ここで思い出すのが、ピアノの話だ。下手でもいいから一曲だけでも弾けたら、どんなに楽しいだろう。そう思ったことがある人は、きっと私だけではないはずだ。自己表現したい、自分の何かを形にしたいという気持ちは、楽器でも言葉でも本質は同じではないだろうか。作文が書けたら嬉しいと心のどこかでは思いながらも書ける自信がなく、「面倒くさい」というイメージが先に立って、やる前からあきらめてしまう。日本語教師の仕事は、そんな学習者に自信を与え、一緒に伴走してあげることではないだろうか。

また、教師として常に肝に銘じていることがある。それは「馬を水辺に連れていけても、水を飲ませることはできない」ということだ。そもそも学習者に作文を書く意思がなければ、教師にできることは限られている。教師が一方的に熱くなり、強制的に書かせようとすれば、作文はますます嫌いになるだろう。そのため私は作文指導の初期段階において「どうすれば学習者が自ら作文を書きたくなるか」に焦点を絞り授業を組み立てている。以下その実践例を示す。

 

作文指導(N4レベル)の実践例

 

1. テーマを具体的に伝える

例)「自己紹介 〜あなたらしさを伝えよう〜」   

200字程度で、趣味や特技、好きなこと、将来の夢など、自分の魅力が伝わる作文を書く。「自分の言葉で書く」ことを重視する。

 

2. 学習者のレベル・興味に合った具体例を紹介する

教師自身の例や過去の先輩が書いた作文を示し、「自分の言葉で書く」とはどういうことかを具体的に伝え、自分でもこれなら書けるかもしれないとイメージさせる。

1)私は森林恭子と言います。日本語の教師です。20年くらい日本語を教えています。生徒は私のことを「おもしろい先生」と言います。私の夢は、中国で日本語教師になることでした。今、その夢は、ここ東北育才外国語学校で叶いました。とてもうれしいです。東北育才の生徒は熱心ですから、私ももっとがんばりたいと思います。これからもみなさんの日本語が上手になるように、楽しくてわかりやすい授業をしたいです。どうぞよろしくお願いします。

 

2)私は王建と言います。趣味はコスプレです。この間の文化祭で、友達と一緒にアニメのキャラクターのコスプレをしました。友達や先輩に写真をたくさん撮ってもらい、とても楽しかったです。将来、日本に行く機会があったら、コスプレのイベントに参加したいです。そこで日本のコスプレファンと友達になって、いろいろ話してみたいです。そのために、今から日本語を一生懸命勉強したいと思います。

 

3. 実際に書かせる(30分)

学習者が書いている間、教師は机間巡視し、できるだけ具体的な内容を書くよう促す。筆が進まない学習者には、文型や表現を助言する。書き終えたら提出させる。

助言例)「私の趣味は〜です。特に〜が好きです」「休みの日は〜をしています。いつ、どこで、だれと…」「私は〜することができます。例えば〜」「自分を動物に例えると〜です。なぜなら〜」

 

4. 添削済みの作文を丁寧に清書させ、再提出させる。

 

5. 暗記し、みんなの前で発表する

ポイント1:発表の際は、原稿やメモを見ないことを徹底する。

ポイント2:発表の内容は、みんなで共有して楽しむ。発表後にランダムで「Aさんの趣味は何でしたか」と質問を投げかけることで、適度な緊張感と「聞く姿勢」が生まれる。

ポイント3:どんな発表に対しても、よい点を具体的に褒め、全員の拍手で称える。

 

このステップで指導を行うと、作文発表会はクラスメイトをより深く知る絶好の機会となる。学習者は前のめりで発表を聞き、「へぇ〜」「お〜」といった声や、時には爆笑が巻き起こる。普段の授業では見えない一面が次々と現れる瞬間は、実に興味深い。こうした経験を通して、学習者は自分の思いを言葉にして伝える喜びを味わい、クラスメイトとのコミュニケーションも自然に深まっていく。発表会で得た気づきはその後の授業にも活かされ、学習者の作文はよりリアリティのあるものへと成長していく。作文を暗記し、みんなの前で発表することは、決して容易ではない。しかし、その達成感こそが「もっと書きたい」という意欲を生み出すと、私は信じている。

 

今回は、「楽しい作文」への入り口として、クラスメイトの前で発表するスタイルを紹介した。しかし、作文は必ず発表しなければならないわけではない。言葉で自分を表現する喜びを一度知れば、他者の評価を気にせず、書くことそのものが楽しくなっていくからだ。一生懸命書いた作文の、その一枚一枚の積み重ねが、やがて自分で学び続ける力へと育っていく。教師が無理やり「よい作文」を書かせることなどできないし、できると思うのは思い上がりだ。私たちにできるのは、学習者の力を信じて、「きっと、できる!」と背中を押してあげることだけだ。「楽しい作文」が学習者自身を大きく成長させることを、心から願っている。

 

追記

「中国人の日本語作文コンクール」の作文指導について

今年の4月末から東北育才外国語学校で働くこととなり、三年生の黄品端さんの作文指導を担当する機会をいただいた。最初に彼の作文を読んで、歴史から現代社会まで幅広く書ける優秀な生徒だとすぐにわかった。彼はすでに「書く楽しさ」を知っており、こちらの助言を素直に吸収する柔軟さも持っていた。指導に苦労はない。むしろ、彼のまっすぐな文章に向き合うたび、私のほうが「教える喜び」を再確認させられた。アドバイスはシンプルだ。「日中間の関係や社会の問題、SNSの未来については、簡単な言葉で書こう。そして、福田さんとの交流で感じたことは、深く、深く掘り下げて」と。彼はこの言葉を守り、何度も書き直した。結論にも悩んだようだが、最終的には自らの教養を生かした故事成語で、見事に締めくくることができた。

全てを書き終え、コンクールへの応募を終えたあと、彼にこう聞いてみた。

「黄さん、作文コンクールにチャレンジして、どうだった?」

「…とても楽しかったです。」

「それはよかった。わたしも楽しかったよ。ありがとう。」

この経験が彼のこれからの成長のきっかけとなり、来年もまた挑戦したいという意欲へつながるなら、教師冥利に尽きるというものだ。