−第18回中国人の日本語作文コンクール

 

作文指導の徒然草

 

天津外国語大学講師 菊池明日香

 

 

 

 

 

私は天津外国語大学で三年生学生に向けて「写作」の授業を担当しています。思いつくままに、いくつかの指導についての散文を書いてみようと思います。

 

 

1.現在を作品にするという意識

 

「中国人の日本語作文コンクール」は、学生たちが生活の中で日本語を学ぶ意義や意欲を身近に感じることが出来る貴重な機会です。交流活動や大会も少なくなる中で、本大会は作文を指導していく上で希望の光でした。学生たち一人ひとりに平等にチャンスがあり、望めば誰もが作文を審査していただくことができるのです。私は指導の一環としてこちらの大会への参加を学生に積極的に促しています。

 

真剣に作文を書いているとき、学生の一人ひとりが大会の主役です。とても静かな観衆である私たちに向かって、自身の本質を緊張することなく余すところなく表現できるのでしょう。学生が文章を通じて表現した輝く知性や熱い想いに心打たれました。「あなたは実はこんな魅力的な人だったんだね、こんなに多くのことを考えていたんだね」と。

 

作文の指導をする上で、学生に向かって、こう考えてほしいと思っていることがあります。日本語であるという定め、テーマがあるという定めからは逃れられないけれど、書いている間は、どこにいても、どんな状況であっても、目標に向かって現在を精いっぱいに生きることが出来るのだ、と。そして書き上がれば、いくつになってもこの期間のことを自信を持って語ることができるのだ、と。今はまだ日本語を学ぶということを受け止め切れていない学生もいるかもしれません、ほかにもコロナ禍や家庭の理由などから、苦しい現実を受け止め切れていない学生もいるでしょう。夜の道行をあかり照らすのは、この大会です。参加することで月は満ち初め、その足元は日を追うごとに明るくなり、やがて、学生は観月の宴へとたどり着くのです。

 

 

2.日本語と日本の風土

 

言語は、それぞれの国の風土により形成された霊妙さがあるということを学生に向けて伝えています。

 

私は、自身の経験や想いを相手に伝えていく文章について講じるとき、古来からの日本語の特徴に基づき話すようにしています。花のわずかな綻びといった季節の移ろいなど、身の回りのささやかな変化描くこと。それに対応する五感の表現を積極的に使っていくこと。それらが日本語の作文において、とりわけ大切だ、と。

 

大局で眺めると、日本は四方を海に囲まれ、国土の三分の二が森林に覆われている、自然に抱かれた島。長きに渡り、里山や鎮守の森といったものを含め、その自然が日本の主人公で、そこに暮らす人はささやかな役どころだったと言えます。海や森林の片隅を間借りして暮らしてきた幽き存在。彼らが、心を尽くして事物を表現しようと使ってきた言語が日本語です。

 

春夏秋冬、季節の事物との邂逅やそれに因んだ年中行事とともに人の一年や一生、そして長い時間が巡って行きます。そのなかで、より良く生きていくすべを積み重ね今に至っています。「四季」「邂逅」「慎ましさ」「気付き」……彼らの生活からはこんな言葉が浮かぶと思います。そこに「五感」や「心情」を加えて、自分の言葉で「私が大切に想うあなたに心を尽くして伝えようとする」ことで日本語の魂が目覚めていく。文法的な正しさだけではなく「日本」という事象そのものから言葉の性質を伝えていこうと思います。

 

学生には、季節の中での出逢いの喜びを、わかれのかなしさを、日常にあふれる変化や気付きを、伝えたい相手のことをよく考えて表現していってほしいと考えています。

 

他の国の言葉を使うときに母語を話しているときの自分とは少し違う考え方や性格になっていると感じるのは、言語を受け継ぐとき、そこに宿る古来からの美意識のようなものや、あらゆるいとなみの記憶さえ受け継ぐからだと思っています。僅かに意識することで、学生たちは日本の文化的遺伝子とも呼べるものを継承することが出来るのです。

 

 

3.「問いかけ」の効用

 

繰り返し自発的に「問いかけ」をする癖をつけてもらうことがとても大切だと考えています。時代が変わる今この時、目まぐるしい環境や課題の変化に対応し問題を解決していくために、自ら考え行動できることが重要です。作文は自ら考え、材料を集め、並べて選び取り、組み立て作り上げ、問題を探し検討、そして改善するスキルを身につける最良の機会です。つまり、この方法は就職後にも活用できるPDCAと呼ばれるフレームワークです。

 

Plan:計画

Do:実行

Check:評価・検証

Action:対策・改善

 

そしてここで挙げたいのが、適切な「問いかけ」をするということの重要性です。自分の力を総動員し、作文を完成させるまでに幾度となく「問いかけ」をして試行錯誤を繰りかえし自ら改善していくという過程を社会に出る前に経験することに大きな意味があると考えています。

 

まず、作文は、視覚情報が補われている絵本や漫画とは違い、情報の全てを文字の上で表現しなければならないといったことを伝えます。文章が素朴すぎる場合には情報が上手く伝わらないこともある、と。自発の意識の必要性を訴えかけるのです。そして、書く前に「問い」を頭に思い浮かべもらいます。「初めて見る本のなかで、手に取りたくなるのは、どんなタイトルの本だったかな」と。

 

冒頭部も同じ要領です。そうすれば「テーマについて考えてみた」というわかりきった記述を一行目に入れたり、「いろいろな」といったような内容がない抽象的な紹介文を書いたり、不必要なほどに大量の語句や概念の説明に費やしてしまうことはなくなってくるはずです。

 

【「問いかけ」の例】

 

「手に取りたくなるのは、どんなタイトルの本かな」

「続きを読みたくなるのは、どんな冒頭かな」

 

・タイトル 

「私の家族」

・冒頭 

私の家族というテーマを考えてみると、いろいろいる。サラリーマンの父と主婦の母と猫だ。母はいつも怒ってばかりいるが、たまに優しい。父は元気だ。猫も元気だ、狭い引き出しに入るのが好きだ。

 

・タイトル

「ペットロボット」

・冒頭 

私の家族にはペットロボットがいる。「NEDOロボット白書2014」(20143月)には、ロボットを「センサー、知能・制御系、駆動系の3つの要素技術を有する、知能化した機械システム」とある。ペットは愛玩のために飼う動物のことだ。私はペットロボットが好きだ。

 

・タイトル 

「ドラえもんーー未来の国からはるばると」

・冒頭 

寝正月を楽しんでた僕が「今年はいいことがありそうだ」と呟くと、「いやあ、ろくなことがないね」と不思議な声がした。突然、僕の部屋の机の引き出しがガタッと勢いよく開いた。そこから飛び出てきたのは、青いたぬきだった。(注1

 

 

4.結び

 

学生たちは満開へと向かう花のようです。美しい開花の時をいまかいまかと待ちつつ、少しでもその手助けが出来るよう邁進していきたいと思っています。

 

今回、このような機会をくださいました日本僑報社の段躍中先生、「中国人の日本語作文コンクール」のご関係者の皆様、こちらの文章を読んでくださった先生方、そして学生たちに心から感謝しております。本当にありがとうございました。

 

 

【参考文献】

 

藤子・F・不二雄(1974)『ドラえもん 第1巻』小学館。