第4回コンクールのテーマのひとつは「私の知っている日本人」とした。
この年、四川省で大きな地震が発生し、被災地にいち早く駆けつけた日本の救援部隊による懸命な救助活動や、犠牲者に黙祷する姿が中国国内のニュースで報じられた影響で、中国人の日本人に対する見方が急激に変わった時期でもあった。この報道による世論の変化を体験したこともあってか、応募作には「知らない」ことが原因で恐れや憎悪の原因にもなってしまうという主旨の内容が多く集まった。
二等賞受賞作では、担当の日本語教師がいつも首から携帯電話をぶら下げており、それは、以前勤務していた学校の生徒が、街で携帯を盗まれたその教師に対し「中国人を嫌いにならないで」という言葉を添えて、お金を出し合って買って、贈ってくれた物だというエピソードがつづられていた。
恐らくこの教師は、お金を出し合った生徒たちにとって初めて直にふれあった日本人で、教師と出会う前の彼らはたぶん、一般的な中国人と同じで、日本人に対して良い印象をもっていなかったと思われる。それなのに、中国人≠嫌いになってほしくない一心で、決して安くはないであろう携帯電話を買ってプレゼントしたということは、彼らにとってこの教師が非常にかけがえのない存在となっていたからに違いない。
つまり、彼らはたった一人の本当の日本人≠知ったことで、過去の一部の日本人の行いが元で抱いてしまった偏見を払拭することができたのだ。
2010年の第6回コンクールのテーマは「メイドインジャパンと中国人の生活―日本のメーカーが与えた中国への影響」とした。このテーマに決めたのは、中国の若者に日本の企業や製品について自分の意見を率直に出してもらいたいと思ったのが理由だった。
また、中国の次世代を担う人たちの声が日本の企業に伝われば、これから中国への進出を検討している企業や、既に進出していながらも、期待した効果が上がっていない企業に、現状を打開するためのポイントを提示できるのではないかという狙いもあった。そして、日本とは社会体制が異なる中国において、ビジネスで成功することは容易ではないが、中国人の考え方を理解することがその一歩になるのではないかと思い、貴重な「世論」を集められるとも考えていた。
この回の応募作を読んで改めてわかったのは、中国の消費者が日系企業や日本にルーツを持つ製品に対して抱いている安心感、信頼感が絶大であるということである。
ニコンやキヤノンのデジタルカメラ、カシオの電子手帳、シャープの液晶テレビ、パイロットのシャープペンシル、資生堂やDHC、花王の化粧品、池田模範堂の液体ムヒS、さらには、竹田製菓のタマゴボーロまで、日本人審査員も驚くほど多岐にわたる製品への中国の若者からの感謝と称賛の声は、日本の企業が自社の製品にも巨大な中国マーケットに勝負を挑める有力な武器があるという自信の復興を促し、さらにその武器を強化することに役立ててもらえたと思う。
この回のコンクールで最優秀賞を受賞した作品「幸福の贈り物」には、技術者として日本に派遣された作者の父が、1986年に帰国した際に買ってきた日本製のテープレコーダーが今も自宅にあることが紹介されており、作者は次のように記していた。
「それは私たちにいつでも家族の愛がそばにあるという幸福感を与えてくれた。ナショナルの創業者、松下幸之助は『利益』より『人々の生活を潤すこと、人々の生活向上に奉仕すること』が企業活動で一番重要なことだと述べている。生活のゆとりを与えて家庭に幸福をもたらすのに、日本のさまざまな製品は世界中で貢献してきた。父の影響を受けた私は、今日本語を学習しているが、将来、日中の人々に幸福をもたらす友好の架け橋になりたいと思っている。それが、テープレコーダーのお返しになれば幸いである」
このように、日本人のものづくりの精神は、今の中国の若者の心をもとらえている。「日本企業の技術に追いつくのは簡単だが、日本の製品の品格に追いつくのは難しい」という韓国人経営者の言葉を引用し、日本のインスタントコーヒーの合理性や、イヤホンの説明書から垣間見える消費者への細かな心遣いまでも感じ取り、尊敬の念を示す受賞者もいた。
それぞれの作文に書かれていたのが個々の製品に寄せられた感想であったにしても、この成果は日本企業全体の長期的な努力の賜と言えるであろう。そして、日本企業が末長く中国社会で存続するには、この「ものづくり精神」をますます進化させることが不可欠であると思う。
また、この前の年に開催された第5回コンクールの最優秀賞受賞作は、中国にある日系企業を見学した際の感想をまとめた作文であった。
その企業は、環境問題を解決するための技術とサービスを提供しており、自社が開発したボイラーにより中国で深刻化している産業廃棄物の処分時に起こる土壌や空気の汚染を軽減させ、中国で「循環型社会」の実現を目指しており、作者はこの企業の「環境への負担をなるべくゼロに近づける」という企業理念に共感し、社長が述べた「企業活動を通して社会に貢献することは当たり前のこと」という何気ない一言に大変感心したという。そして、最後に、「日系企業や日本人が、中国の改革・解放に地道な貢献を続けていることを知り、それを広く中国人に伝えたい」と締めくくっていた。
このように、中国人は日本人そのものに触れることで持っていた偏見を改めるだけでなく、日系企業の作り出す製品やその経営理念などにも中国との違いを感じ、感銘を受けているようだ。