「作文指導を通して思うこと ―中国人学生の体験や思いを日本人に届けたい―
常州大学 古田島和美
 

 2010年中国で初めて勤めた常州紡織職業学院は3年制の専科。赴任して5か月後2年生になったばかりの学生3クラスの作文指導を担当した。この作文指導のお蔭で、私は中国人学生の一人一人を理解することができたと思っている。彼らの体験や思いを知ったことが、今でも日本語教師を続ける大きな要因になっている。
 その時、使用した教科書は、目黒真実さん著の「日本語作文教室」。この教科書は、比較的内容も平易で、作文を書くためにいくつかの質問に答えそれを組み合わせれば、どんなに日本語能力が低く作文が苦手な学生でもなんとか作文は完成できるという優れた教材であった。
 私は、その中から12個のテーマを扱った。「自己紹介、私の家族、私の趣味、私の友だち、私の故郷、私の長所と短所、忘れられない思い出、今までで一番嬉しかったこと、今までで一番悲しかったこと、なぜ日本語を勉強するのか、私の尊敬する人、子供のころの夢、私の夢」。前半の45分でテーマに沿った作文例の内容や単語、表現について指導し、グループで話し合わせた。後半の45分で自分自身のことを振り返らせ作文を書かせた。作文は授業終了時に提出してもらった。
 しかし、2年生の学生にとって45分間で書いて提出することは、かなり厳しい。学生からは宿題にしてほしいと言われたが、私は提出された作文をその日のうちに添削しコメントを記載し翌日に返却したいので、と断った。作文授業の日は深夜まで作文の添削に追われた。
 正直、最初は、形式的な作文ばかりであった。同じような内容、同じような表現。中国の作文指導は、美しい文章を暗唱するほど学習し、いかにその文章に近づけられるかが重要だと聞いた。作文とは、自分の体験や思いを書くこと、大げさに言えば自分自身の人生を見つめ直すものである。少なくとも私はそう思って指導している。だから、あなたたち自身の体験を書かないとこの作文の価値はないと口を酸っぱくして指導した。日本語の表現よりまずは内容を評価した。私が、感動した学生の作文を全員に紹介することで、彼らの意識も徐々に変わっていった。「先生のコメントが楽しみです。」と言って、意欲的に書いてくれるようになった。忘れられない作文がある。
 11月に「私の両親」というテーマで、学生に作文を書いてもらった時、殆どの学生が、両親への感謝の思いが溢れる作文を書いた。感動で胸がいっぱいになった。ところが、ある一人の学生が書き出しに「先生、私は両親への愛情を素直に持てません。」と書いていた。彼女は貧しい農村の出身で3人姉妹の長女だった。男の子が欲しかったご両親は、彼女を親戚の家に養女に出した。その後、ご両親は、都会に出て生活が楽になったこともあり、彼女が小学生の時もう一度引き取ったそうだ。彼女は「どうして幼くて親が恋しい時期に私を手放したのか、いくら両親が経済的に苦しかったとはいえ、やはり納得がいかないのです。」と書いてあった。読むほどに涙が溢れた。作文の後書きには、「先生、どうしても私の思いを先生に知ってほしくて書きました。でも、クラスメイトには、私の作文は紹介しないでください。」と書いてあった。
 中国人の学生は、勉強ばかりでいろいろな体験がないとよく話題になる。私も実際そう思っていた。しかし、彼らの人生を振り返るとき、私たちが思いもよらない深い体験や思いがあるのだと思った。日本とは異なる中国の入学試験制度、両親や親戚の彼らへの過剰な期待、それに応えるための進路選択、急激な経済成長による生活の変化、中国人のメンツ・・・。彼らの人生や思いを私はどれだけ理解していたのだろう。「自分自身の体験や思いがないと本物の作文ではない。」簡単に言っていた私自身を恥じた。作文に自分自身の体験や思いを書くことは、相当な覚悟がなければ書けないことを学んだ。


 2013年9月、常州大学に勤務先が変わり、作文の授業は担当することがなくなった。しかし、作文コンクールの指導は私の担当になった。作文コンクールについて3年生の会話の授業で紹介。自分自身の体験や思いを話し合わせることで作文を書くことの意欲付けを行う。そして、宿題にする。
 「日本語学科に仕方なく入ったが、日本語を学ぶうちに日本や日本語が好きになっていった。私も日中の友好の懸け橋になりたい。」これが、彼らの作文の主流である。以前の私なら、またかと思いがっかりもしていたが、今は、「なぜ入りたくなかったのか、どうして仕方なく入ったのか、その時のあなた自身の気持ちはどうだったか、ご家族の気持ちや対応はどうだったか、いつどんなことがきっかけで好きになったのか、架け橋って具体的に何をしたいのか・・・・」と質問を重ねていく。彼らの答えから、一人一人の体験や思いの深さに気づく。彼らが持っている日本への憧れや不安、複雑な思いを抱えながらも一生懸命日本語を学んでいることを一人でも多くの日本人に知ってもらいたいというのが今の私の願いである。
 私の作文指導は、学生との対話である。宿題の作文を読み、その内容や表現について彼らに質問をする。彼らの答えに対し、更に質問をする。会って直接話し合うこともあるが、学生にとってじっくり考えられるようにと、もっぱらメールでの指導を行っている。4月5月の空いた時間は、老眼鏡をかけひたすらパソコンに向かっている。彼らの伝えたいことをどのように表現すれば、素直に日本人に伝わるかを学生と話し合いながら、作文を創っていく。2015年1位を受賞した陳静路さんの作文は彼女との対話によってできあがった。彼女のそれまで言えなかった体験や思いを作文に彼女自身の言葉で書けたのだ。
 北京の日本大使館での受賞式に参加させていただき陳さんも私も大きな刺激を受けた。日中友好にご尽力なさっていらっしゃる段先生、熱意溢れる指導者の先生方、私の指導は先生方の足元にも及ばない、そう思った。毎年この授賞式に学生と一緒に参加できるようにと強く思った。
 その後、お会いした先生方から様々なことを教えていただいた。その中のお一人笈川幸司先生の「会話の型と握手の対話」は、早速実践させていただいた。様々なトピックを会話の型を使って、自分の体験や思いを入れて会話することを実践した。驚くほど、クラスの雰囲気がよくなり、どんどん本音が語られる。日本人との交流会でも、会話の型を使い交流した。お互いの体験や考えを知ることで、人間としての理解は深まる。「言語は道具。自分の言いたいことを相手に正確にわかってもらいたい。日本語をもっと学びたい。」学生の実感は、さらなる学習意欲に繋がった。その成果は学生の作文にも表れるようになった。自分の伝えたいことをどのように表現すれば伝わるか、会話も作文も同じだと実感
してくれるようになった。
 そして、今年念願だった2年生の作文の授業を担当できた。授業では、テーマの中であなたが伝えたい思いはなにか?それを理解してもらえるための事実は?そして読み手を意識した作文を書こうと指導した。その一方コンクールの作文のために学生とメールで対話を繰り返した。まだまだ私の指導力は足りない。しかし、彼らの作文には一人一人の真剣な深い思いがこもっている。この日本語作文コンクールは、彼らの思いを届ける大きなステージだ。彼らの思いを届けたい。今年、常州大学では72本の作文を応募できた。

教材:「異本語作文教室―基礎編」目黒真美緒 大連理工大学出版社


【略歴】
古田島和美(こたじまかずみ)
1956年生まれ。
1978年愛媛大学教育学部卒業後、愛媛県茨城県で32年間公立学校教師を務める。
1995年から内蒙古自治区の沙漠緑化活動に参加。
2010年4月から中国江蘇省常州紡織職業技術学院に勤務。
現在常州大学に勤務。日本語教師暦8年半。

 

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