私の作文指導の実践紹介
大連海事大学 田中哲治
 

はじめに
 中国人学生に対する日本語作文の書き方に関して、私の作文の授業から得た四年間の実践経験を紹介します。
 私は作文を書くに当たって、「真に言語を学ぶとは、その言語を使う民族の文化習慣を学ぶこと」を根本概念として指導をしています。なぜなら、自己の文章表現で、如何に読み手に正確に自己の意見、感情、考えなどを伝えるかが大切なことだからです。その言語を使う民族の生活習慣を理解しなければ、適切な文表表現で書き現すことができません。また、作文とは、学校で習う、いわゆる作文授業のみならず、手紙、日記、報告書、論文、エッセイ、小説など、文章を書くことはすべて作文です。そこで、作文を書くに当たって、どのような手順で考え、何を評価基準として文章を評価し、どの様な表現能力を養えば良いのか、中国人学生の日本語作文の問題点としては何があるかなどを検討してきました。
 拙い経験ではありますが、私の作文指導の実践記録を紹介させていただきます。 内容は、以下の三点です。
           1.作文の準備と検証
          2.中国人学生の日本語作文の注意点
          3.文章表現力の養成方法

1.作文の準備と検証
  作文を書くために最も必要なことは「考える」ということです。どのような言語かに限らず、文章を書くことは良く考えてから書かなければなりません。如何にその言語の文法を完璧に理解したとしても、どれほど数多くの単語を覚えたとしても、その言語による質の高い、内容の深い作文を書くことはできません。よって、書く前によく準備をしなければなりません。また、書き終わった後の検証も必要です。

 
 

@作文の準備
   作文を書く前に、作文のテーマに対して、学生にいろいろなことを問い、学生に答えさせます。
  1)「これは何か」という疑問を持たせます。「これは何故こうなのか」と 考えさせます。
  2)ある程度の考えが出たところで、「もし、こうだったら」と考えを転換させます。
  3)そして、それを「どうしたらよいのか」と考えさせます。
  4)最後に「だからこうだ」となります。

  例:テーマ「世界市民」
    1)なぜ  日本人としての世界市民とは何か。
              こんな考え方が日本人なのか、なぜ、これでいいのか。
    2)もし   もし外国人だったら、どう考えるかな。
              もし立場が変われば、考えが変わるかな。
    3)どうすれば   考えを変えるには、日本から離れてみよう。
                   直接的や間接的に、いろいろな考えを体験しよう。
    4)だから   そうだ、外国で実際に生活をしよう。

 このような、手順を踏んで、テーマに対する考えを深くさせます。すべてがこのようにはなりませんが、考える習慣を付けさせるためです。
 テーマに対する質疑応答中に、学生が話した言葉に文法の誤りや不適切な表現があれば、その場で直し言い直しをさせ、正しい文を示します。
 この準備ができた後に作文を書かせます。

A作文の検証
  自己の作文の見直し作業では、ケアレスミスや書き間違いは勿論、内容に矛盾がないことを確認させます。
  1)テーマに対する、「これは何」があるか。
  2)テーマに相応しい「事例」があるか。
  3)「もしも」という内容の発展、展開があるか。
  4)最後に「つまり」という内容のまとめがあるか。

 この四点が作文の中に織り込まれているか否か、自己の作文内容を評価させます。勿論、どの作文にも必ずこの四点が無ければならないということではありません。作文内容の見直し作業の一つの方法です。



2.中国人学生の作文の注意点
  主に以下の点があることが分かりました。

 
 

@助詞の使い方
  中国語と日本語の文法に関係したところからくる間違いがあります。
  助詞に関しては、中国語にはなく日本語特有のもので、この使い方の違いは大変に多いです。文法の授業で正しく理解しなければなりません。

  例:中国語の「的」は日本語の助詞「の」にあたると文法で習います。
     中国語の表現  「〜的+名詞」を
     日本語の表現  「〜の+名詞」と
   書いてしまう間違いが多くみられます。
     「私が買うの本はこれです」
     「彼が見たの映画です」
   というようにです。
   したがって、助詞の使い方に関しては、相当の時間を掛けて作文指導をしています。助詞の使い方の注意点は数多くあります。

  例:「は」と「が」の違い(日本人でも難しい)
     動作・状態の対象を表す「を・が・に」
     動きの場所を表す「で・に・を」
    など同じような内容でも使い方にも違いがあることです。

A時制の間違い
  時制に関しても、日本語では過去・現在・未来の時制がありますが、中国語ではそれを相として捉えているので、過去形と現在形の使い方の間違いが多いです。この点も良く注意して作文添削をしています。
  最も多い間違いは、過去の動作の状態を表す場合です。

   例: 「大学に入った前に日本語を勉強した」
           入った  入る
      「初めて大連に来るときは海を見て感激した」
           来る   来た

B動詞の変化のさせ方
  動詞の変化に関する間違いも良く見受けますので丁寧に指導しています。
  例:「私が買う」  「私が買った」
     この「買う」の変化は正しいですが、
     これに倣って、
       「私が見る」  「私が見った」  「彼が来る」  「彼が来った」
  と書いてしまうように動詞の変化を間違える学生が多いです。

C漢字の混同
  中国語漢字と日本語漢字の混同です。
  日本語作文の中で、中国語漢字を使う学生も多いです。日本語漢字が分からないので、中国語漢字を使ってしまうことが多いと思います。特に人名や地名で、書籍名などもあります。また、まだ語彙数の少ない二年生は、よくあることです。面倒がらずに辞書で丁寧に調べるように指導しています。日本語に無い漢字であれば、ひらがな・カタカナで書くよりしかたがありませんが、注書きで、偏と旁を書かせるようにしています。



3.文章表現力の養成方法

 
 

@文体の統一
 文章表現上、常体文と敬体文の統一は当然のこととして、最初に学生に指導するのは「書き言葉」の使い方です。
 中国のほとんどの大学では、日本語文法以外では、先ず会話、聴解の授業から入り、作文の授業は二年生の後半からだと聞いています。したがって、学生は「話し言葉」から覚えてしまう傾向がありますので、「書き言葉」があることを示し、両者の違いを説明します。書き言葉の中にも、普段使うもの(柔らかい書き言葉)と論文などで使われるもの(硬い書き言葉)とがありますので、その使い方に関しても文章全体の「書き言葉」が統一されているかを注意させます。
 多く使われる「話し言葉」は、
「ずっと」、「やっぱり」、「でも」、「すごく」、「いっぱい」などです。
 これらの「話し言葉」を「書き言葉」に換えさせます。また、文末の「話し言葉」であれば、文体の違いも併せて違いを明確にします。

  例:すごく  とても(柔らかい書き言葉)・非常に(硬い書き言葉)
     言っちゃった  言った(常体文)・言いました(敬体文)
   
A表現力の養成方法
 文章表現力の向上のために取り組んできた方法は、既に述べたように文章を書く前の準備が必要です。
 良く「考える」ために、取り入れた方法で主なものは以下の点です。
  
 1)短文のしりとり
   これは想像力と創造力、そして語彙数の向上に役に立ちます。
  ある一つの単語を使い、短文を作ります。次に、その短文の中に出てき た単語を一つ選び、また短文を作ります。
  これを繰り返していきます。
   例:学生  私は大連の学生です。    →大連を選ぶ
              大連は海がきれいです。   →海を選ぶ
              私の故郷には海がありません。→故郷を選ぶ
              故郷の広い草原が好きです。 →草原を選ぶ
  これを繰り返して、短文を作り続けていきます。

 2)指定された単語と文型を使う
   自己の持つ日本語力が実際に書く段になって、使える日本語力になっているか、文章表現が適切にできるかを確認することができます。
   指定された単語や文型を使い、文章を書くので想像力・単語力・表現力を養うことができると思います。

 文型の指定の例:
  「動詞+てあげる」・「〜より〜のほうが」・「〜に夢中で〜」・
  「名詞+になると〜」・「形容詞+くなると〜」・「動詞+と〜」など、
  数多くの文型を提示します。

  単語の例:
  「感動・感激・感心・感嘆」など、表現として相応しい単語は何を使うべきかを考えさせます。

 3)意見文と事実文
  自己の書いた文が「意見」なのか「事実」なのか、または両方が含ま れているのかを確認させ、作文内容を整理させることと同時に表現が適切か否かを考えさせます。

  例:(意見文)
     環境保護に一人一人ができる範囲で協力するのは当然である。
    (事実文)
     放っておけば、自然に分解するプラスチックができた。
    (混合文)
     東京タワーからは美しい富士山が眺望できる。
     「美しい」は個人の判断で意見となり、事実の「眺望できる」 と混同している。

 4)オノマトペ(擬音語・擬態語)の使い方
  情景描写などの表現を的確にできるように、個々の単語の意味と感覚を理解させます。
  例えば、雪の降り方には、どの様な感覚の降り方がありますかと、学生に問いながら個々の学生の感性を日本語で表してもらい、一般的なものから学生が作り出したものまで質疑します。
 余談ですが、漫画にはオノマトペが豊富にありますので教材に良いかもしれません。

 5)言葉の心理
  「はじめに」で述べたように、言葉には、その言葉を使う民族の生活習慣や伝統文化、歴史が刻まれています。したがって、言葉の裏にある心理を理解しなければ良い文章表現はできません。
 この課題は、中国人大学生には重すぎるかもしれませんが、説明はしています。
    例:あなたから預かったお花は良く育ちました。(自動詞)
      あなたから預かったお花を良く育てました。(他動詞)
         両者の主張の違い  花が自然に育ってくれた。
                           私が育てたのだ。

     文型 → 動詞+(し)てあげる。
      何かを他人にしてあげることは必ずしも「良いことだ」とい うことはではありません。押し付けになる場合があります。
      この文型が作文中に書かれたときに、何かを「あげた側」と「された側」では、どのような心理状態だったのかを的確に文章表現しなければなりません。


 例の他にも、日本人が持つ感覚を日本語でどのように文章表現する かは非常に難しいことだと思いますが、更に質の高い、内容の深い作文を目指して、作文の授業に取り組んでいきます。

以上

 


 【略歴】
 氏  名  :田中哲治(たなかてつじ)
 生年月 日:1949年11月21日 68歳
 出生地   :東京
 学  歴  :1993年3月 創価大学経済学部経済学科 卒業
 職  歴  :2001年4月〜2005年3月
         大連松下通信軟件工程有限公司 総経理
         2013年8月〜現在
         大連海事大学 外国語学院 日本語講師



 

 

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