作文指導で生じている三つの問題点
武昌理工学院 半場憲二
 

 中国湖北省武漢市、汤逊湖(tāng sūn hú)の畔にある私立大学武昌理工学院に赴任して八年、「中国人の日本語作文コンクール」の参加は四回目です。お蔭様で「良い作文授業とは何か?」「作文授業はどうあるべきか」を考え続けることができます。とはいえ、確たる指導法を編み出したわけではなく、未だ「trial and error」(試行錯誤)を重ねる日々です。今回は作文指導で生じている三つの問題点を取り上げたいと思います。

1.時間の問題
 小中学時代は大量の宿題に明け暮れ、中高校時代から受験競争に晒され、一生に一度の受験「高考」の点数によって大学が決まり、長年にわたる競争の疲れから、大学では勉強しなくなる学生が少なくありませんか。とくに作文授業は多くの学生にとって苦手意識の強い科目の一つという前提で、四年間の学習時間を眺めてみます。

 当学院は二年後期から週に一回(2コマ)の作文授業が始まります。○印を作文とします。△印は仕事で役立つであろう「ビジネス文書」といわれるものが主流となり、「社内・社外」の「文書・メール」の書き方を学びます。それ自体、学生気分から抜け出す良い機会ではあります。■の部分は作文授業があったりなかったりします。
 学習期間が正味25ヶ月しかなく、週休二日制や国の定める休暇(清明節、労働節、端午節、中秋節、国慶節)を差し引けば、授業数はさらに減少します。中国の経済成長の恩恵を受けている家庭が増えたためか、せっかく日本語が上達し、波に乗ってきた大切な時期に「日本遊学」を選択する学生が増えています。しかしながら、アルバイト漬けの毎日で、早く日本に行った学生の日本語能力が必ずしも高いとは限りません。4年生の10月以降は授業がありません。学生たちは就職活動や大学院進学の準備に入ります。
 私は「私の作文指導方法」(一)の結びに「作文は『人』をつくります。学生たちが思考し、言葉を紡ぎ、知的な作用を楽しんでほしい」と書き、その(二)では「学生には考える葦であり続けるよう指導していきたい」と書き、この考えに変わりありません。一人の力は限られています。短期間で効果ある作文指導をするために、中国人の先生方への協力を躊躇しません(注1)。

2.教材・制度の問題
 私は「ビジネス文書をやるべきか」という疑問を常に持ち続けています。例えば、大タイトル「ビジネス文書・メールの書き方入門」、中タイトルに「挨拶」「お祝い」「お礼」「案内」「お見舞い・お悔やみ」「紹介・推薦」等とあります。これだけならまだしも小タイトルは「支払い猶予の承諾状」「取引斡旋依頼への辞退状」「注文取消抗議の反駁状」等とあり、私自身も民間企業の経営者の側にいた経験がありますが、滅多にお目にかけないものばかりです。日本語学科全員とせず、「選択科目」か、非専攻の商学部や法学部で日本語を選択した学生が受講すればよく、時世に適しているとも思います。
 これまで何冊かの「日語写作教程」を使用しました。文章を書く技法に重点を置き、体系的にまとめられた教材は一点だけ。しかも「五年以内に発刊された教材以外は使用禁止」と画一的な指示があり、よい教材が切り捨てられるばかりか中国語のものが多く、教科書研究よりも翻訳に時間が奪われました(注2)。
 高等教育での日本語学習理由は「将来の就職」が大きなウェイトを占めますが、実際は学生全員が日本に留学し、日系企業の就職を希望しているわけではありません。上層部に日本語学科の学生をどう育成するかグランドデザインがないのは残念です。転勤や解雇、薄給などにより日本人が定着しないことも大きな弊害の一つです。
 学生の周辺では「なんで日本語を選んだの?」と訝る声があるなか、ご両親は日本語学習に好意的です。彼らの期待に応えるためにも、一筋縄にはいきませんが日本語学科の制度設計や教材選定に強く働きかける姿勢が必要だと思います(注3)。

3.文化の問題
 最後に文化の問題があります。作文は「学生の固着した文法・用法の誤りを直す」のに有効的な授業ですが、言葉は国や地域の文化に根ざし、それは紙上でも個性となって表れてきます。
 例えば、チャットを使って「作文コンクールの原稿は完成しましたか?提出日を守って下さい!」と書くと、ある学生は「きっと提出します」と返事をします。辞書を引くと「一定」の欄には「必ず」のほか「きっと」という意味も含み、使い方は間違っておりません。ですが日本人の場合は「確実に、絶対的な」の意味合いが強く、約束というものは完全な履行を求めますから、学生の言葉には不安を覚えます。
 文化の良し悪しを言っているのではありません。親しくなればなるほど「約束を守らないくらいでごちゃごちゃ言うな」という文化が存在するのです。相手に「約束の遵守」を強く求めなければ、われわれ日本人との間に隔たりが生じてしまいます。こちら側へどう引き込むか?
他にも「我馬上就来」の「馬上」は「すぐに」の意味ですが、どれくらいが「すぐ」なのかは文化や人によりけりです。また風や雨が強い・弱い、温度差が激しいと書くべきところを、風や雨が大きい・小さい、温度差が大きいと直訳型の日本語となってしまい、何度諭しても、あの日(回想)やその日(預想)などが上手に使いこなせない学生がいるものです。
 日本語を学ぶということは、すべからく日本の文化に軸足をおいて言葉を紡ぐ作業です。文法の世界は極めて整然とした姿を見せるのに対し、OUTPUTの場面では「その表現(書き方・話し方)はおかしい」と、どことなく雑然とした様子になるのは「言葉の中に文化が刷り込まれている」からで、この感覚なしに作文指導ができるとは思えません。

おわりに
 教師の本懐は“出藍の誉れ”にあると言われます。学生と教師が共に達成感を得ると同時に、それで完了・完成というのではなく、尚も「(学生は)また書きたい!」「(教師は)もっと読みたい!」という相互依存関係を創り出し、より上手な作文を書くような学生を一人でも多く排出したいと考え続けることに作文指導の大きな意義があります。経験の上に胡坐をかくのではなく、さまざまな問題にぶつかりながら、今後も研鑽を積んでいきたいと思います。

 (注1)拙論「私の日本語作文指導法」(第11回作品集、2015年)P221
 (注2)国際交流基金「日本語教育・地域別情報 中国2016年度」によると、「中等教育:2017年を目途に高校のシラバス(課程標準)が改定され、人民教育出版社だけではなく他の出版社も検定教材出版に参入する見込み。高等教育:日本語専攻、非専攻第一外国語、非専攻第二外国語とも、それぞれのシラバスに準拠した教材が作成されている。日本語専攻:いくつかの有力大学がシラバス準拠の教材をそれぞれ作成し、その他の大学はそれを利用する」とある。
 (注3)同報告「一般的には日本人教師は数年で交替するため、各機関のコースデザイン等に関わることは非常に少なく、会話や作文等のアウトプット型授業を担当することが多い」とある。日本人教師は積極的にコースデザインに関わるべきだろう。
【参考文献】
 『実用日語写作教程(日中対照版)』(外語教学与研究出版、2012年)
 『日語写作教程(T)』(大連理工大学出版社、2012年)
 安井泉『言葉から文化へ』(開拓社、言語・文化選書、2010年)

 


【略歴】
氏名: 半場憲二(はんば けんじ)
1971年東京都生まれ。
国士舘大学卒。航空自衛隊自衛官、国会議員秘書、民間企業社長室などを経て、
2011年9月から現在、中国湖北省武漢市の武昌理工学院日本語学科教師。


 

 

▲このページの先頭へ



会社案内 段躍中のページ : 〒171-0021 東京都豊島区西池袋3-17-15湖南会館内
TEL 03-5956-2808 FAX 03-5956-2809■E-mail info@duan.jp
広告募集中 詳しくは係まで:info2@duan.jp  このウェブサイトの著作権は日本僑報社にあります。掲載された記事、写真の無断転載を禁じます。