私の日本語作文指導法
東北大学 濱田亮輔
 

  「読むときは書いた人を心に描き、書くときは読む人を心に描く。」

  作文授業でも読解授業でも、繰り返し学生に伝える言葉がこれです。単語や文法の指導以前に意識を変革するところから、作文授業が始まると私は思っています。

  とはいえ、今回はテーマが特に難しかったと感じました。まず、テーマの1つである「忘れられない日本語教師の教え」は昨年とも重なるテーマであるため、読む人にとって新鮮さや魅力を感じてもらうのが難しくなったからです。このテーマでの指導は、「自分の状態や感情の変化が読む人に明確に伝わるように」ということと、「先に中国語で美しい表現を思い描き、それを日本語で表現する」という二点でした。普段の作文の授業でも、誰よりも意欲的に課題に取り組み、絶えず美しい表現を追求してきた学生が今回のコンクールで入賞に選ばれ、心からうれしく思っています。

  もう1つのテーマである「日本人に伝えたい中国の新しい魅力」はテーマの解釈に差異が生じ、作文の方向性を固め、構想を練るまでに、多くの時間を要しました。第一には「日本人に伝えたい」の解釈です。これは、残念ながら、学生が書いた内容が、「日本人にとっては魅力的じゃないけど、中国人にとって魅力的だから日本人に伝えたい」という内容か、あるいは、「中国人にとっては魅力的じゃないかもしれないけど、きっと日本人には魅力的だから伝えたい」という内容かという究極の選択になってしまったからです。どちらの解釈でテーマを書くかは学生の判断ですが、結果として、読む人を心に描いた作品だけが入賞に選ばれました。

  さらに第二の解釈の難しさとして、「新しい魅力」という言葉もありました。この「新しい」は、今まで存在しなかった科学の進歩や社会の発展によるものなのか、あるいは、中国人にとって新鮮さがなくても、今まで日本人に知られていなかった再発見でもよいのか、という解釈で意見が分かれました。これについても、読む人の視点を大切にして後者を選んだ学生が入賞に選ばれました。もちろん、この解釈も学生の判断によるものですが、助言をする立場の私には確信がありました。それは昨年度の一等賞に選ばれた合肥優享学外語培訓学校の張凡くんの「浪花恋しぐれ」という作文です。このときのテーマは「訪日中国人、「爆買い」以外にできること」というテーマで、彼の作文では、大阪の法善寺横丁での女将さんや大将との心温まる交流が描かれていました。この法善寺横丁という話題は、科学の進歩も社会の発展も無関係です。新しい観光地でも新しい魅力でもありません。しかし、昨年度の作文の中では、これが最も心に響いた忘れられない作文でした。これゆえ、「再発見」としての新しい魅力を今年度のテーマで考えるなら、地域限定や季節限定といった話題で、しかも心温まる「思い」を伝えてほしいと助言しました。「思い」は中国人や日本人といった垣根を越えて必ず心に響くからです。読む人を心に描き、その心に共感を呼ぶ文章こそが魅力的な文章だと私は信じています。

  さて、解釈が定まり、方向性も見通しが立ち、初稿を受けたとき、更なる問題が生じてしまいました。それは、再発見であるが故に、私自身も、そしておそらく読む人も、この歌舞劇の話題について知識がないということです。とはいえ、あまりにも説明的な文章になれば魅力そのものが消えてしまいます。このため、説明ではなく描写を活かすように助言しました。知識がなくても目の前に歌舞劇のダイナミックさと楽しさが描き出せれば、読む人にとって確実に魅力的に映るからです。幸い、この締切時期の作文授業がレトリックを活かし、擬音語擬態語を多用するという目標設定でしたので、躍動感と動きのメリハリが伝わるように中国語でしっかりした文章を先に作り、それを日本語で表現するように助言しました。

  その後、助言通り、躍動感あふれた中国語文章と日本語文章が目の前に並んだのですが、またまた大きな問題にぶつかりました。中国語の翻訳として、どのような日本語が正しいのかという問題です。先述のとおり、私自身にこの歌舞劇の知識がないので、翻訳チェックにも確信が持てません。しかし、インターネットで映像や画像を探すのではなく、1つ1つ中国語の修飾語の意味が日本語で正しく表現できているのか、1つ1つ動きを説明してもらいながら、日本語のチェックをしました。長い長い時間がかかるチェック作業でしたが、この作業を経たことで、読む人に知識がなくても、文字に書かれた表現だけで動きがイメージできるような文章になったのではないかと考えています。実際、この作文のチェックには構想段階から丸二か月かかりましたが、それだけの苦労があったからこそ、文章が磨かれていく過程を学生が学べるのだと自負しています。

  2015年にも「私の日本語作文指導法」を発表させていただきましたので、今回はそれとは重ならない内容を選びました。読む人を心に描き、読む人に伝えるために文章を自分がイメージしなければいけないか、そして、そのためには母語である中国語の表現力を磨かなければ外国語の文章を磨くことなどできはしないというのが、今回の指導法の内容です。素晴らしい作文を読むチャンスを与えてくれ、学生とともに教師も成長できる、このコンクールに心から感謝しています。

 


氏名:濱田亮輔(はまだ りょうすけ)

指導大学:東北大学秦皇島分校語言学院日本語学科
     (現所属:浙江師範大学外語学院日語系)

略歴及び指導教育歴
    専任としての大学機関での指導教育歴は15年間です。
    日本で7年半、韓国で5年、中国で3年間(今年で四年目)。


 

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