日本語作文に辞書を活用しよう
青島大学 張科蕾
 

  「私の日本語作文指導法」という大きなテーマを前に、私は戸惑った。

  中国人の日本語作文コンクール応募作品の指導を始めて三年目。一年目は何の賞も取れなかった。二年目は佳作賞4人。そして三年目、 三等賞でも取れたらいいなと頑張ったら、なんと王麗さんの作文が一等賞を獲得した。今でも夢を見ているようだ。今回の輝かしい結果は、一緒に指導してくださった本学の客員教授である小川郁夫先生をはじめ、二年前と一年前のコンクールのとき指導してくださった杜雪麗先生、これまで日本語の読み書きの指導に当たってくださった先生がたのおかげでもある。もちろん、王さん自身が人一倍の努力をして、とりわけ豊かな感受性と独特な考え方、優しい心の持ち主であるから、今回の作文に素晴らしいアイディアを出せたのだ。だから「私の日本語作文指導法」などと大きな口をきくのは厚かましいが、日本語作文における辞書の活用について自分なりのちょっとした考えを述べさせていただきたい。
  今まで指導してきた数十人の学生を見ていると、作文をするとき、まず中国語で作文し、それを日本語に訳すという方法をとる者がいる。この方法で完成した作文は中国語風の文が多くなり、その結果、翻訳調の不自然な日本語になってしまう。レベルの比較的高い学生は日本語で考え、直接日本語の文を書く。こちらのほうがいい作文ができるようだが、言葉遣いや、文法にはやはり変なところが出る。どちらの方法にしても、日本語でうまく表せない言葉にぶつかるからだ。こうなったら、辞書の出番だ。学生通常のやり方は、中日対訳辞書を利用し、中国語の言葉の日本語訳語を探すことだ。ここで問題が出る。日本語訳語が複数ある場合どうするか。また訳語が一つだけの場合はそれをそのまま用いればいいのだろうか。学生はそれぞれ自分の判断によって決めることになるが、例えば「退屈な授業なので、知らず知らず眠ってしまった。いびきまでかいて、先生に怒られ、みんなに笑われた」のような文が出る。「知らず知らず」を「つい」に直したら、「辞書に『不知不覚』の日本語訳は『知らず知らず』と書いてあるじゃないですか。どうして間違いなんですか」と聞きに来る。「間違いではないが、『つい』のほうが適切です。『新明解』でこの二つの言葉を調べてみなさい」とこのとき、日本語国語辞典を勧める。『新明解』によると、「知らず知らず」の語釈は「自分でもそれと気づかないうちに、いつの間にかそうしている、そうなっている様子」で、「つい」は「その場の状況に影響されて、そのつもりもなかったこと、普通ならやらないことをしてしまう様子」である。例としては、それぞれ「知らず知らずして、思い出の場所に来ていた」「知らず知らずメロディーを口ずさんでいた」と「体に悪いと知りながらつい飲み過ぎてしまった」「半額セールの掛け声につられてついいらない物まで買い込んでしまった」が挙げられる。「つい」は外から働きかけられて、悪いと知りながら、してはいけないことをしてしまったため、後悔の気持ちを伴うことが多いから、「〜してしまった」と共起しやすいことがわかる。

  このように、中日対訳辞書から得た日本語訳語を安易にそのまま使うのではなく、類語辞典で日本語訳語を調べ直して、それとグループをなす類義語をそれぞれ日本語国語辞典で調べ、意味・用法の違いを比べ、より適切なものを選ぶことでより適切な表現ができるのではないかと思う。中日両国語の言葉の対訳は可能であるが、もともと語彙体系が異なるため、一対一の対訳ができるわけではない。「不知不覚」の対訳語は「知らず知らず」であったり、「つい」であったり、場合によっては「いつのまにか」や「思わず」になったりすることもある。コンテクストに応じてたくさんの語の中から適切なものを選んで使う。このプロセスはずいぶん面倒だが、こうすると知らず知らずいろいろな語の使い方が身に付き、言葉遣いが上手になる。学生は普段訳語に頼り過ぎて、中日・日中対訳の辞書を愛用しているようだが、日本語の勉強にはやはり日本で出版された日本語国語辞典のほうが語釈も詳細で、ニュアンスがわかるし、例文も自然で数多くあるし、ほかに実用的な情報もいろいろ提供されるからより役立つと思う。学生のほとんどはカシオ電子辞書を持っているが、搭載している『新明解国語辞典』『明鏡国語辞典』と『日本類語例解辞典』をあまり使わないのが残念だ。これから有効に使うことを強く勧めたい。
  表現面のほか、学生の作文に漢字が必要以上に使われるのもよく見かける問題である。中国は漢字を使う国だから、学生は日本語を書くときも漢字を愛用する。おまけにパソコンの普及により、難しい漢字は手で書かなくても簡単に使えるようになった。例えば「纏める」「齎す」「贔屓」「鬘」のような漢字表記が学生の作文に見られる。日本では1981年に『常用漢字表』が公布され、1945字の漢字が一般の社会生活での使用の目安となってきた。2010年の改定により、2136字に増えても、普段の読み書きに使われる漢字は中国語ほど多くはない。というわけで、日本語で作文するとき、漢字の適度な使用を念頭に置くべきだ。コンクールの応募作品では字数の要求があるため、字数が足りなければ漢字を仮名に、オーバーしたら仮名を漢字に書きかえればいいと学生は考えがちだが、それは間違っている。必要以上に仮名が多くなれば、書いたものが子供っぽくなり、逆に難しい漢字が多ければ、わかりにくくなってしまう。『常用漢字表』を参考にして、適度に漢字を使い、わかりやすい日本語をめざす工夫をすべきだ。日本で出版された国語辞典のほとんどには表外漢字にマークが付けられているから、調べれば常用漢字であるかどうかすぐわかる。残念なことに、学生は辞書を利用する前に「編集方針」や「凡例」を読む習慣がないから、マークの意味がわからず、辞書の機能を十分に生かして用いているとは言えない。本来非常に役立つ情報がもったいないことに無視されてしまう。学生に辞書を効果的に利用させるためには、日本語教師の指導が必要である。

  何年か前、辞書作りに取り組む人々の姿を描いた日本映画『舟を編む』を見た。長い年月をかけて根気よく言葉に没頭して辞書を作りあげる人々の情熱に感動した。『新明解』のような優秀な辞書はできて何十年、五六年ごとに全面改訂の新版が出ている。どうやって言葉の意味を正確に伝えるか、どうやって日本語学習に役立てるか、何代かの編集者たちは知恵を絞って、工夫を凝らして、情熱を注いでいる。この心血を無駄にさせないように、辞書を大いに使おう。日本語作文に、日本語学習に辞書を活用しよう。

 


氏名:張科蕾
指導大学・学科名:青島大学・日本語学科

略歴:北京外国語大学日本学研究センター卒業後現職に就く

日本語教師指導歴:13年

▲このページの先頭へ



会社案内 段躍中のページ : 〒171-0021 東京都豊島区西池袋3-17-15湖南会館内
TEL 03-5956-2808 FAX 03-5956-2809■E-mail info@duan.jp
広告募集中 詳しくは係まで:info2@duan.jp  このウェブサイトの著作権は日本僑報社にあります。掲載された記事、写真の無断転載を禁じます。