オリジナリティのある面白い作文を目指して
上海理工大学 郭 麗
 

  何年か前に、日本僑報社・日中交流研究所が主催する「中国人の日本語作文コンクール」の存在を知った。しかし、指導教師として参加させていただいたのは、今回が初めてである。そもそも今回入賞した黄鏡清さんを含む二名の学生から、指導の依頼がなければ、私も勇気を出してこのコンクールに挑戦してみようと思わなかっただろう。もともと私が怠け者なのもあるが、私自身が指導力に自信をあまり持たなかったのが正直な理由である。

  そのため私は、彼らに対して「私は作文授業を担当したこともないし、初めてこの作文コンクールの指導教師になったから、せっかく書きあげた作文も入賞しないかも知れないよ。そのときは先生を責めないでね」と冗談まじりに断ろうとした。すると、彼らは「いいえ、全然。私たちは先生のことを信じてますから。入賞できなくても、私たちの能力が足りないからです。先生は関係ありませんよ」と言ってくれた。その時私は、信頼されている、と感じてちょっと安心しただけでなく、自信と責任を感じた。たぶんこういう信頼関係がなければ、作文指導はうまくいかないものだろう。

  今年のコンクール課題は@日本人に伝えたい中国の新しい魅力、A中国の「日本語の日」に私ができること、B忘れられない日本語教師の教え、という三つのテーマからの択一であったが、私の指導した二人の学生は自分の経験や知識などに基づき、それぞれ@とBを選んだ。そして、@を選んだ黄さんという学生が、今回一位を受賞した。なお、受賞できなかった方の学生も、準備過程において大変勉強になったので参加してよかったと言ってくれた。

  私は少しでもオリジナリティのある面白い作文を書いてもらうための準備をした。まずは彼女たちのために、事前に色々と関連する参考資料を調べたり、今までの優秀な作文を自分なりに分析したりした。それから、一種のカウンセリングのようなやり取りの中で、本人が一番興味があり、そしてうまく書けそうなテーマを選び出すことにした。これは簡単そうに見えるが、そもそも本人にある程度豊かな人生経験と高い思考力があり、それを教師の側が汲み取ってあげなければ、意外と難しい。このあたりは短い文章では書ききれないが、たくさんの時間を取って話をしたのは確かだ。

  ここで、「蒔かぬ種は生えぬ」ということがある。つまり、日頃から色々と工夫して学生の思考力を高めておかなければ、オリジナリティのある面白い作文を書くのは難しい。つまり種まきが重要なのだが、これには時間がかかる。私は大学一年の後半から黄さんを教え始めたが、そのときから彼女の賢さと熱心さに気がついていた。そして彼女もよく私のところに質問などに来てくれていた。時々上海では、日本関係のイベントに参加するチャンスがめぐってくる。そんなとき、学生たちに知らせると、真っ先に進んで参加してくれるのが、やはり黄さんだった。こういったことが、いわば種まきにあたったのであろう。

  ところで黄さんの作文に出てくる「里美ちゃん」という日本人の女の子は、彼女の日本人の友人だ。1年余り前、日本のある大学からやってきた「里美ちゃん」を連れて、黄さんは上海の色々なところへ行った。上海で3週間を共にした二人は、深い友情を結ぶに至り、その後もお互いに連絡を取り合っている、と聞いている。そういった活動や、環境保護のイベントなどに彼女は参加しているという事実を、彼女から聞き取った私は、これらを材料にして一品の「料理」を作ろうと考えた。

  黄さんが私に伝えてくれたのは、いわば料理に使う生の材料である。それをただブツ切りにして並べるだけではだめで、料理を作るのと同じように加工し、加熱し、調味しなければならない。ただここでも日本料理と中華料理の違いみたいなものはある。日本料理は素材を生かした調理法である。私は日本式で行こうと思ったが、とりあえず黄さんに中国語でこのテーマについて文章を書かせてみた。
その中国語の原稿を見たところ、私はこの素材で行ける、と確信した。もちろんそのままでは日本語の作文にはならない。いい作文というのは、分かりやすい単語や言い回しを使い、論理的に考えを読者に伝えることができる文章でなくてはならない。まずその点は後回しにするとしても、日本語と中国語の間には、両方とも漢語などが多いため、よく似ているが意味が違う表現も多い。それぞれの文化で好まれる表現にも大きな違いがある。そのため、いくらいい素材を使った中国語作文を直訳しても、いい日本語作文にはならないことがある。中国のラーメンが中華料理の文脈からはなれて、日本の料理になるためのプロセス、みたいなものがあるはずだ。これも簡単に説明できないのだが、作文で多用される修辞法などには、特に注意が必要であるように思う。たとえば学生の中国語作文の書き始めによく出てくるような「中国の歴史は長く、その文化は悠遠である」みたいな言い方は、日本語作文ではくどすぎて、ほぼ不要である。黄さんの文章にも同じような問題点があった。それで、堅苦しくてくどい表現は避けたほうが自然だと思い、指導した。

  それから、読者の存在を意識することが重要だ、という話もした。筆者の考えがきちんと読者に伝わるためにはどうするか。読者の立場に立って書くことだ。読者が面白いと思い、関心を持ち、もっと読みたいと思うのは、どんな文章だろうか。黄さんの場合、せっかく「里美ちゃん」という人がいるのだから、この人に送る手紙、という形式を取るのはどうか、と提案した。よくある普通の作文よりも、興味を持って読んでもらえるかも知れない。さらに、文章の量の上限があるので、一旦書いたものをどんどん削る必要がある。その作業を通して、いくらいい作文の材料でも思い切って捨てなければならないことがある、と意識させた。テーマと関係がない材料は捨てるべきだ。

  最後に、わが上海理工大学日本語学部の日本人教師である福井祐介先生には、さまざまな助言を受けた。また、最終的な言葉面の添削作業も福井先生に任せることになった。この場を借りて、心から感謝の意を申し上げたいと思う。

  そして、この文章の中でたびたび出てきた、学生の黄さん。彼女は私のことを信頼してくれ、進んで作文指導を受けたいと申し出てくれた。この出発点がなければ、今回の受賞もあり得なかった。おかげさまで、黄さんの作文は、オリジナリティがあり面白い、と多くの人に評価してもらえた。私自身も、一人の教師としていくらかの自信をつけ、次のステップへ踏み出すきっかけになったような気がする。「教えることは学ぶこと」という。まさに私も黄さんにいろいろ教えてもらった気がする。改めて、彼女にもありがとうと言いたい。
最後に、このコンクールを主催されている日本僑報社・日中交流研究所の皆様、協賛・後援をしてくださっている企業・団体各位、および日本大使館の皆様、私どもにこういうすばらしい機会を与えてくださって、本当にありがとうございました。心からの感謝の意を申し上げます。

 


氏名:郭 麗 (かく れい)
1977年生まれ。武漢大学日本語言語文学学部卒。2002年より上海理工大学外国語学院日本語学科教師。

 

▲このページの先頭へ



会社案内 段躍中のページ : 〒171-0021 東京都豊島区西池袋3-17-15湖南会館内
TEL 03-5956-2808 FAX 03-5956-2809■E-mail info@duan.jp
広告募集中 詳しくは係まで:info2@duan.jp  このウェブサイトの著作権は日本僑報社にあります。掲載された記事、写真の無断転載を禁じます。