1. 中国の日本語作文の任務とは なにか
この約10年に及ぶ中国の大学教育のにおける作文指導では、ある程度成果を上げてきたという思いと、未だに模索を続けている部分とがある。
中国で教える前、中国帰国者センターや日本語学校、某省財団法人でニュースレターの編集校正などをしてきたため、作文指導や文章を書くことの経験を積んでいた。しかし、中国の大学教育では、何をどう教えるかが、作文授業の場合、すべて日本人教師の裁量に任されているため、到達目標や指導方法に確立したものがない。そのため、設定した目標は、1.卒業論文が日本語で書けるまでの作文力の育成
2.大学生として、メールや就職活動でのアピール書などの実用作文が書けることの2つだ。1は日本国内の留学生や日本人大学生のレベルには到達できないとしてもやはりアカディミックジャパニーズグループがいう「日本の大学での勉学に対応できる日本語」を意識し、大学生という知識人としての持つべき日本語作文力を目指したいと考えている。
2. カリキュラムの問題
8年半教えた華中科技大学でも現在の勤務校・上海交通大学でも作文授業は2年後期から3年生前期までの3期、週一回15回×3期=45回の授業だ。ほぼ毎回400字で一本。筆者が設定した各期の目標は以下の通りだ。
3. 2年後期:写作(1)日本語で作文を書くことに慣れる。身の回りのことを書く力を養う。
初めての日本語作文となるため、日本語で作文を書くことに慣れることが重要だ。そのためハードルをあまり高くせず、自分を文脈化する過程で、できるだけ幅広いテーマに取り組くむ。
テーマの例は、私の家族、私の趣味、私の町、私の好きなことば、私の尊敬する有名人、町で見かけた人(観察)などである。これらのテーマは基本的に特に資料収集をしなくとも、自分の中にもある材料で書ける。一番大事なことは、魅力ある文章の基礎にある「私」が出やすいテーマとすることである。経験から言って中国人の学生は、似たりよったりの文を書きがちなので、文は人なり、人に読ませるだけの文章にすることを目指して指導している。外国人への作文指導はとしては、もちろん文法の正確さや、表現力というのは大事なポイントであるが、文法が正確であればよい文章であるとはならない。よい文章にはというのは書いた人の見たもの、考えたことが読者に伝わり、読者を納得させたり、新たな観点をもららすものだ。血の通わない模範文的文章では基本点が取れるに過ぎない。この段階では、生き生きと読者に伝えるためには具体的な例を用いるように指導する。例えば、家族のことを書くなら、その人がわかるエピソードを書かせ、好きな○○ならなぜ好きなのかという理由が必要だ。そこにやはり「私」が見えてくる。
4.3年前期:写作(2)ー社会的テーマに挑戦する
2年生後期から、社会的問題に目を向けて、調べて書くという作業を体験してもらっている。そのため、テーマは必ず事前に伝えて、基礎的知識や、関連のニュース報道に注目してその問題について考えるように課題を出しておく。テーマは環境問題や、教育問題、医療福祉、科学、情報化社会といったものだ。ただし、大きいテーマはそのままではもちろん400字では書ききれないので、例えば、環境問題では自分の町や身近にある問題に注目するように指導する。”Think
globally, Act locally ”が環境問題の基本である。社会的問題はきちんと把握し消化できるまで調べたりしていないと中身のない、たんなる批判や上滑りの議論に終わってしまう。何が問題でそれをどう解決できるかを調べたり考えさせたりするようにしている。前期の「私の問題」から、突然難易度が高くなったと感じるので、教師側も身近なニュースなどを用意したり、閲読などと連動させて書かせることもある。この際気をつけたいのが、ネットの丸うつしである。関係資料を調べると勢いそのままの切り貼りや、ただの翻訳になってしまうことがあるので、それは剽窃行為であり、消化して自分の言葉
にし、引用の場合は引用先を明記することなどを指導する。怪しいと思ったらかならずネットでチェックしている。また、ここでも人が書かないような問題を見つけてくるよう指導している。これは小論文に相当するので、小論文の形式について指導している。
5.3年後期;各文形式、レポート、実用作文、コンクール作文
3年前期でも教師への連絡メールの書き方や、暑中見舞いなどメールの書き方は指導しているが、後期では、依頼、断り、お見舞いなど、ある程度形式が決まっていて、知識がなければ書きづらいものを指導、手紙も、拝啓・敬具や季節の挨拶文などなど旧来の書き方もとりあえず教えている。また大体この時期(あるいは3年前期)に日本語作文コンクールに挑戦してもらい、これまでの400字から、1500?1600字の長さのある作文を書かせている。3年後期の目的は主に4年の卒論につながる1.レポートの書き方や、2.メールの書き方を中心にした実用作文が書けるようになることだが、1の準備としてグラフの読みかかたや、調査報告の書き方、要約のしかたなども指導している。
現在 日本の日本語教育実践の大きな流れに作文でもピアワーク活動があるが、知識重視主義、教師から、いわば「早く、正しい、大量」の知識をもらってそれを記憶していくという中国式教育に慣れている学生たちにはピアワークは不評である。この現状を打開したいと試行錯誤中だが、一方で学生の好む教授法ということも無視はできない。
また、中国の名門大学日本語学科の学生が必ずしも日本企業への就職を100%希望しているわけではないことを考えると実用作文はどこまで教えるか、主に中国人の先生が担当する卒論の書き方の指導と、作文の授業における卒論の書き方の指導をどこまで相乗りさせていくか、日本人教師の裁量に任されるのではなく、協力関係が必要であると感じている。
6.指導方法ー作文クラスブログの活用
最後になるが、作文指導では、学生になかなかなぜこう直したのかという過程が見えにくいということがある。筆者はクラスブログを用いて、解決に努めている。手順は一つのテーマにつき、4〜5人ほどブログに書いてもらい、授業時間に教室でスクリーンを通して、作文をみんなで見ながら添削していく。全員分では、飽きてしまう学生もいるので、1テーマ4〜5人までとしている。他の学生に関しては原稿用紙で提出し、原稿用紙の使い方を含めチェックしている。ブログにすることによってテーマに合わせた作文が4〜5本づつ残っていく。ブログには添削前と後のものを残している。
7.終わりに
作文指導は添削が教師の負担になることも確かであるが、ハッと心打つ文章に出会う体験もする。
日本で教えていた時、アルバイトで休みがちのある学生の書いた作文だった。
「夜、アルバイト終わります。電車に乗ります。窓から東京タワーがあります。赤いです。キレイです。」万年初級の文法で書かれた作文だったが、彼が見た東京タワーの美しさが20年近く経った今も心に残っている。
若くして病気で亡くなった学生の作文に書かれた、お姉さんが帰郷し、一緒に裏庭の桃をもいだ時の喜び。彼の級友たちと御墓参りに行き、彼のお母さんやお姉さんに会い、口には出せなかったが、作文の中の桃の実る夏の日を1人鮮やかに心に描いた。
作文指導は時間は割かれ、寝る時間も削られ、苦労も多いが、その中に学生の思いや思索、成長が見えるうちは、添削、コメントを書くという作業が続けていけるだろう。また、そういうものが見えてくるようこれからも指導したいと思っている。