特別転載・『日中関係は本当に最悪なのか』終わりに

 

「嫌中」「反日」より「知中」「知日」が重要

 

段 躍中

 

 

 

本書は、昨年出版した中国に駐在する日本メディアの記者たちの論説を中心にまとめた『日中対立を超える「発信力」』に続く第二弾、「経済編」として刊行した。

 

私は近年、年に何度も中国やアメリカなどの国に出向いた。どこへ行っても、日本の製品はたくさんある。中国では北京、上海など大都市だけでなく、普通の地方都市でも日系の大型スーパーが目立っている。アメリカの西海岸、東海岸でも大型ジャパニーズスーパーが存在し、中国以上に日本車がたくさん走っている。逆に、日本での生活では、日本製のみならず、中国製、アメリカ製、オーストラリア製など多種多様な製品で溢れている。また、現在は製品に限らず、工場の建設や人員の移動なども国境を越えるケースが増え続けているという。

 

このようなグローバル化が進む現実の中、世界の企業がせめぎ合う主戦場の一つになった、世界最大の人口を抱える一大消費地に変貌を遂げた中国と日本はどのように付き合うか? 特に、二〇一〇年九月七日に発生した尖閣諸島(釣魚島)中国漁船衝突事件以来、日中関係は望ましくない状態に陥っている。二〇一二年に中国で起きた大規模反日デモ以降、日系企業は中国からの撤退や移転、投資の中止などを考えているのだろうか?

 

 そして現在、日系企業は中国でどのような状態に置かれているのか? また、日中両国の経済と切り離し、それぞれから独立して生き残っていけるのであろうか?等の問題は、企業の当事者のみならず、一般の国民にとっても大きな関心事であると思われる。これら問題について、中国に住む日中経済の第一線で活躍中の方々から発信された声を日本国内に提供することで、読者の皆様を回答へ導く何らかのヒントが提示できれば幸いである。

 

中国には二万社を超える日系企業が存在し、また、年間の訪日中国人観光客が四百万人時代になった今日、日中は確かに首脳会談の断絶など政治的対立に着目すれば「嫌中」「抗日」などの言葉が世に溢れるのもあながち的外れではないだろう。しかし筆者は、それらよりまず「知中」「知日」が非常に重要であると強く思っている。住居のように引っ越すことができない隣国であるのだから、お互いを理解し、等身大の中国、等身大の日本を発信し合うことが大切だと考えているのだ。

 

交流することは、必ず理解を促進させる。草の根交流を積み重ねれば大きな力になる。一例として読者の皆様にご紹介したいのは、日本僑報社が主催し、今年で第十回目を迎えた、中国で日本語を勉強している大学生を対象とする「中国人の日本語作文コンクール」だ。この両国関係が冷えきった中でも、今年の応募数は前年を上回る四千百三十三本にも上った。

 

このコンクールには、これまでに中国全土の三百を超える教育機関から、延べ二万三千二百三十四人が参加してくれた。応募者の多くは学校を卒業後、中国政府や企業において対日交流の第一線で活躍している。彼らの中には、日本で中国大使館の書記官や公的機関の通訳などとして日中交流に尽力している人たちもいる。

 

毎年刊行している受賞作品集はすでに九冊になり、十冊目は今年十二月に発行予定である。彼らが綴る日本語のレベルは様々であるものの、すべての作品に共通して感じるのは、ごく普通の若者が一所懸命日本語で書いたものであるということだ。そこからは「中日関係を少しでもよくしたい」と必死に頑張る気持ちが強く伝わってくる。この作品集を読み、感動したという多くの日本人の声が、続々と主催者の元に届いている。

 

彼らが住む中国が、以前テレビに映し出されていた、反日デモで日系スーパーや工場を破壊していた光景の国と同じ所であるとはとても思えない。あれら「知日」度がゼロに近い中国の若者が、日本への止めることができない衝動を抱え、過激な行動を起こしてしまったのとは逆に、「日本語作文コンクール」に参加した中国の若者たちは、日本語ができ、日本文化への理解があるなど「知日」度が高い。作文を読むと、彼らは日中関係の変化を冷静に受け入れ、自分なりに考え、行動しているようである。恐らく、「投石してみろ」と言っても実行しないであろう。両者にはなぜこのような差があるだろうか? 疑問に思った方は、受賞作品集をお読みいただくとその回答が得られるだろう。

 

日本僑報社が出版した『「ことづくりの国」日本へ―そのための「喜怒哀楽」世界地図』で、著者の関口知宏氏は、NHK「中国鉄道大紀行」の旅を通して「異郷有悟」という四字熟語を創作したことについて触れている。「異郷有悟」は「外国に行って、その国の良さや問題を知ることで、自分の国の良さや問題が分かる」という意味だそうで、私は大変共感している。

 

時間や経済力などの制限で、「異郷」(中国を含む海外)へ行けない人はたくさんいるが、前述の受賞作品集を手にすれば、日本に居ながらにして中国の大学生たちが直接日本語で記した「異郷の声」を受けとめることができる。そして、読者の皆様には読後に日本の国民が日本をより良くする方法へのヒントと、国際化、特に近隣国との関係改善へのヒントを見つけてもらうことを主催者として期待している。

 

また、翻訳は日中の相互理解の一つの重要な架け橋であると考えるため、日本僑報社は、二〇〇八年に日中翻訳学院を創設して多くの優れた翻訳者を育成し、翻訳単行本デビューを果たした修了生も数多く輩出している。一冊一冊の翻訳本は日中相互理解の小さな架け橋になっていると信じている。

 

一人でも多くの方に、翻訳した書籍を通して、日中関係の明るい未来を見いだしてもらえれば何より嬉しく思う。この困難は一時的にすぎない。忍耐力をもち、地道な努力で難局を乗り越えれば、必ず素晴らしい明日がやってくるであろう。

 

日中交流に貢献された先人たちを思い出し、自分のできる範囲で努力する。日本僑報社は引き続き日中相互理解促進の力になるような書籍を出版していく所存である。

 

最後に、日中関係が困難なこの時期にもかかわらず、中国でビジネスを続け、無私の心で自らの貴重な経験を執筆してくださった方々に深く御礼申し上げたい。特に現地で指揮を執った加藤隆則さんに感謝の意を表します。