知る人も、知らない人も、一見に値する書である

『中国潮流』(杉田欣二著)読後感想文

北京大学日本研究センター客員研究員

三津木俊幸

『中国潮流』表紙。

 

1972年、日中国交正常化の調印の折に周恩来総理の演説に「前事不忘後事之師」(前のことを忘れず後世の戒めとする)とあつた。この言葉は、中国各地で見聞することが出来、南京大虐殺記念館の入り口にも大きく書かれている。

 

私は中国との交流の中で、敦煌の守護神ともいわれる常書鴻先生が、創価学会池田名誉会長に贈呈した、敦煌莫高窟の油絵の脇書きにも同じ言葉が添えられていた。これは、敦煌の宝物が外国に持ち出され、且つ中国文化大革命に遭遇し、管理、保護がままならない中に、初代敦煌文物研究所長としての艱難辛苦に耐え未来に敦煌を伝えたいとの思いから引用されたものと思う。

 

最初の夫人は敦煌の過酷な生活に耐えられず離婚、2度目の夫人とは共に文化大革命に会いながら、万座の前で、自己批判を強要され、夫人は髪の毛をつかまれ引きずりまわされ、住居は豚と一緒の小屋の中で生活を強いられた体験を直接伺っているだけに、今の敦煌の繁栄を見るにつけ、この言葉は胸に響く。

 

著者の杉田欣二氏は長年日本を代表する商社に30余年従事し、中国滞在が長く、日中の物の考え方、人民の生活に変化、ヒューマニズム等を通じ、氏が国貿促(日本国際貿易促進協会の略)の機関誌に連載(2008年から2012年までの4年間のコラム連載の中から44を選び日中間の現状と対応を述べている、氏はまえがきに、

 

「ここ数年の日中関係を振り返ることは未来の日中関係を模索するうえで欠かせない教訓を得ることになるだろう。なぜなら過去は決して過去だけのものでなく未来につながる豊富な示唆を含んでいるからだ。中国人がよく言う通り「歴史とは鑑である」としてこれまでの日中関係の過去の大切さを訴えられている、 「改革開放」の指導者・ケ小平の戦略により「気が付けば中国は世界の工場」多くの日本人は寝耳に水。日本が得意としてきた家電製品は中国がトツプの座を占め、経済だけでなく科学技術、宇宙には有人宇宙船をあげ、軍需費は世界第2位に踊り出た。米中関係も朝鮮戦争以来中国の外交戦略は“抗米”(米国に対抗)だったはずがリーマンショツク以降は“救米”(米国を救え)の文字が見え隠れし、米国債の最大の買い手は中国で米中2強の新語まで登場した。と論じながら、もし仮に20年前に米と対峙していたら今日の地位向上はなかつたろう。ケ小平の作戦は大成功を収めた中国だが20年の繁栄の陰で何か大事な忘れ物をしているようでならない。ここらで一寸と一休みして探し物の旅に出るのはどうだろう。急がば回れという。それが世界の覇者ではなく王者になるための近道なのかもしれない。と論じている。

 

確かに、ケ小平が改革開放を唱え「白い猫も黒い猫も鼠を取る猫はよい猫だ」とわかり易く人民を激励し「先富論」を持って牽引し中国経済は大いなる変革を成し遂げた。

 

しかし現在は貧富の格差、官僚の汚職を抱える国内での対応に苦慮しており、氏の言う「大事な忘れ物」を探すことが必要であると指摘する意味があると思う。

 

○大国として独自ブランド確立が急務

 

中国に限らず我が国の戦後一時期欧米諸国の技術や製品をコピ−した「前科」があつたが、いつまでもニセモノを作り続ける国のままでは恥ずかしいし、いかに大国になっても威厳や品格がなければ国際社会の尊敬を集められない。

 

○レアアース問題(雨降つて地固めよ)

 

2010年の中国産のレアアース問題には日中両国のお互いに事情がある。

 

日本はさっそくモンゴル、ベトナム、カザフスタンなどの開拓を始めた。日本だって「都市鉱山」開発で世界有数のレアアース産出国になる可能性だってあるがこれだけだは根本的な解決にはならない。日本人的発想なら「もう手遅れ」のところ、中国人は「まだ間に合う」の解釈を取る。ここはひとつ中国人的発想で日中互恵の前後策を追及してみてはどうだろう。と両国のお家の事情もあろうが話し合う場があるのではなかろうか。

 

○気まずさを変え新関係の構築を。

 

日中間にGDPなど様々な面で逆転劇が起きつつあるからといつてかつての朝貢関係に戻れということでもあるまい。今や「中国人は驕らず」、「日本人は卑屈にならず」、共に狭隘なナショナリズムを捨てて互いに相手を理解しつつ、双方がともに勝てる道を探ってゆこうではないか。等々とのべている。

 

アジア大陸で中国は北はモンゴル、ロシア、南はインド、ビルマ、タイ、ベトナム等は地続きであるが、日本は中国には近いが海を隔ての隣国、いわゆる「一衣帯水の隣国」と言われているが、この海は静かな時ばかりではない。過去の歴史が物語っている。両国は他国以上にお互いに努力と忍耐をしなければ海に阻まれる宿命がある。

 

隣国としておつきあいする中で

 

○一人つ子政策の功罪

 

○中華民族の悲願と周辺国の憂慮

 

○「9,18」のわだかまりの解ける日はいつか

 

○正念場を迎える世界経済と中国

 

○建前と本音の付き合いを

 

○中国の遠大な対外戦略に学べ

 

○共に勝てる方策を練り続けよ

 

○一つ土俵でがっぷり四つに。

 

などなど興味深い項目で掲載されている。

 

歴史を見れば明らかでいま中国との関係は困難な時代にはあるが、民間人の交流はこれまで通り不変である、近年、両国において、天災による被害に会うたびにお互いに助け合う現場には、涙なくしては語れないヒューマニズムの興隆に胸打たれる思いがする。その反面、中国もそうであるがお互いに親近感を持つ人が少なくなってはいるが、まだまだ中国との友好を望む日本人は圧倒的に多い。ゆえに相互理解を深める努力と継続を怠らず、過去を過去のものとしてさし置くのではなく過去を未来に生かすところに必ず光明が見えるはずと著者は結んでいる。

日中両国で中国と日本を知る人も、知らない人も、一見に値する書である。

 

北京大学日本研究センター客員研究員 三津木俊幸