特別寄稿

王毅中国新外相に期待する

ジャーナリスト 杉山直隆

 

2004年9月から3年間中国の駐日大使を務めた王毅さんが、外相に就任することが内定したと伝えられる。正式決定は、5日から20日まで北京で始まった全国人民代表大会(全人代)の承認を経てからになる。

王さんは近年の中国大使の中でも最も印象深い一人だった。名前の如く毅然とし、端正な顔立ちに時に笑顔を覗かせ、日本での色々な人々が集まる場、会場に登場し、巧みな日本語で、中国の考え方、見方を日本人に伝えていた。

メッセージ力のある外交官だと思った。日本は小泉純一郎内閣の時代で、靖国神社参拝問題が起こる。A級戦犯を合祀する神社への首相参拝に中国政府が強く反発し、日中関係が冷え込んだ時期だ。しかし、今と違うのは「政冷経熱」と言われ、経済関係は依然、活発だった。

思い起こすのは、在任中の王毅大使が日本の有力大学の学園祭に招待された講演で、学生たちを前に、「日中関係の問題とは何なのか」「日本の抱える歴史問題とは何か」「中国人のものの考え方」を、噛んで含めるように話している姿だ。メッセージ力、発信力とはこのことだ。

学園祭のスピーチの場に呼ばれるのは、多くの場合、主要国の元首の姿を目にしても、外国の駐日大使が招かれたのは例外的だと思う。王大使は離任間際、テレビ番組の日本人著名人との対談にも担ぎ出され、落ち着いた口調で自らの考えを話していた。

今の中国外務省の首脳部の中でも、外相になる資格、経歴を備えた人は数名にとどまるとされる。現在、王さんは国務院台湾事務弁公室主任という、将来の台湾との統一を重要な政治課題とする中国にとって、一際、神経を使う部署を任されている。十数年前の外務省局長職の時代に米国の大学に半年間留学し、英語を磨いた経歴もあり、すごい努力家のようだ。

日中関係をよく知り、かつて問題の渦中にあった人が、この難しい時期に外相に就任するのは、多いに期待するところだ。

尖閣列島問題が険悪化して以来の日中関係を見ていると、日本人と中国人の考え方の違いの大きさに、改めて強く気付かされる。自国の面子や長期的利益に関わる問題となると、なり振り構わず攻勢に出て自己の主張を貫こうとする中国人、そして今も七十年前の世界を相手にした戦争の残滓を引き摺り、日米安保に頼り、自己主張に躊躇する日本人。このすれ違いの中での問題解決は容易ではない。

無論、市民レベルで日常的に付き合い、交流している中国人との間には、今持って何も違和感はない。欧米人とは違う、共通文化を持つ親しみをいつも感じる。しかし、国と国との面子が関わると、いつか親近感は吹っ飛び、「憎悪」に近い感情までも出て来る可能性も完全には否定できない。まさに歴史の因縁が隣国同士の関係を縛るのだ。結局は、そこに遡らざるを得なくなってしまう。

そうなると、日中関係は難しい。中国がゴリゴリの古代の法家のような思想に立ち、日本が“歴史問題”への理解を全く欠けば、両国関係の未来は険しいと思う。北朝鮮問題など、いまの波乱含みのアジア情勢の中で、日中が対立すれば、世界への影響も出て来る。欧州の弱体化で、腰がよろける世界経済は今後どうなるのか、どう支えるのか?

この情勢下で中国外交の舵取りをする王新外相が、どのようにこの問題、課題を裁こうとするのか、期待を持って注目をしたい。

(日本僑報電子週刊第1071号より)