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日本湖南人会 2011年日本湖南交流十大ニュースを選出
12月18日の参加者による記念写真。日本僑報社提供 12月18日、日本湖南人会は東京の湖南会館で「2011年日本湖南交流十大ニュース」を選出した。日本湖南人会会長の段躍中氏、副会長の胡芳、張剣波氏、事務局長の張盛開氏などが出席した。このほか、日本湖南友好使者で宮崎滔天の孫娘宮崎蕗苳氏と曾孫の宮崎黄石氏、日中協会理事長で日本湖南省友の会共同代表の白西紳一郎氏、NPO法人日中交流支援機構事務局長の岩楯嘉之氏、星期日漢語角(日曜中国語コーナー)事務局長の中村洋一氏等、日本の友人が発表に立ち会った。 日本湖南人会が日本湖南交流十大ニュースを選出するのは、2009年以来、今回で三回目になる。今回の十大ニュースは次の通り: 一、311東日本大地震発生で、日本在住の湖南人の安否について、湖南省各レベル政府と故郷の関係者から強い関心を寄せられた。日本湖南人会はミニブログなどのネットメディアを通じて互いに安否を確認し、特に被災地域の会員の安否情況確認に力を入れた。湖南衛星テレビなど中国地元メディアは、段躍中会長および日本湖南人会会員を通じて情報を取材。被災地区を支援するため、日本湖南人会は募金活動と桜を見る会を開催、村山富市元首相からは応援メッセージを寄せられた。東京新聞などの日本メディアが、こうした日本湖南人会の取り組みを報じた。 二、湖南省と徳島県は10月24日長沙市で正式に友好関係の樹立を調印した。湖南省長徐守盛氏、徳島県知事飯泉嘉門氏が双方を代表して合意書にサイン。湖南省と徳島県の付き合いは2007年に始り、友好関係はそのあと急速に発展して、文化、旅行、医療などの広範な領域で交流の成果を上げた。調印式に先立ち、徐省長は飯泉知事が率いる徳島県代表団一行と懇談した。 三、張家界市と日本鳴門市は正式に友好都市関係をスタート。10月24日〜25日、徳島県鳴門市政府代表団は張家界市を訪問して、正式に友好都市関係を結ぶ協定書を締結し、双方は平等互恵の原則によって、経済、旅行、環境、文化、教育、スポーツ、人材など各方面での交流協力事業を展開する。その他、長沙市政府代表団は11月に日本鹿児島市を訪問して、当地で開催された中日友好シンポジウムに出席した。 四、第五回中日友好21世紀委員会第3回会議は初めて長沙で閉幕式を開催し、湖南省委員会書記の周強氏は中日双方の委員と会見した。今回の会議は中日両国が間もなく国交正常化40周年を迎えることを背景として開催。開幕式は北京で行った。 五、中国初の日本軍細菌戦被害者協会が湖南で創立された。11月4日、中国国内初の日本軍細菌戦被害者協会は常徳市の湖南文理学院で正式に発足した。日本軍細菌戦被害者協会の前身は、1996年11月創立した“常徳細菌戦被害調査会”。 六、日本企業家投資視察団が湖南を現地調査。11月16日、湖南省委員会書記の周強氏は、伊藤忠商事、佐川急便など10社を含む、日本企業家投資視察団と会見した。視察団は17日、衡陽市政府と《協力覚書》を締結。これより前には、周強書記が6月26日、日中協会理事長で日本湖南省友の会共同代表の白西紳一郎氏と会見した。12月15日、日本の関係専門家は長沙で省エネルギー対策の実施状況について講演した。 七、中日学界は「辛亥革命100周年の国際学術シンポジウム」を湖南大学で開催。10月8日、中華日本学会、日本辛亥革命100周年記念実行委員会、湖南省辛亥革命史研究会と湖南大学の共催で、日本、中国など40余りの大学、研究機構の百人近くの代表がシンポジウムに参加した。また、日本湖南人会が特別に企画した辛亥革命100年記念切手が、12月3日に日本で発行された。 八、中国女文字伝承者の何艶新氏が5月に日本を訪問、何回もの講演を行った。5月24日付けの朝日新聞はこれを大きく報道。氏の訪日交流を通して、湖南省江永県にある女文字を日本の研究者をはじめ、一般の方々にも広く紹介できた。 九、第3回長沙日本文化祭開催。11月13日、JAPAN WEEK IN HUNAN 2011長沙日本文化祭は、湖南大学で閉幕式が行われ、1週間の長沙日本文化祭が首尾よく閉幕した。今回の日本文化祭は湖南大学、湖南省高等教育学会日本語専門委員会、湖南省日本人会による共同開催で、日本語スピーチコンテストなど多くのイベントを行った。その他、著名音楽家の譚盾氏が11月に、日本湖南人会の文化顧問に就任した。 十、湖南日本人会と日本湖南人会が5月に東京で初めての友好交流会を開催し、湖南省日本語スピーチコンテスト優勝者の訪日を祝った。5月23日付けの人民日報海外版は関連報道を掲載した。 |